banner  吉川マサルと申します。Webサイト算数にチャレンジ!!を1996年から続けています。東京・恵比寿で小さな塾ARENAを運営しています。当ブログには主に洋服・映画等について書く予定。More...
12月
5th

Disney’s クリスマス・キャロル

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★3

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現在公開中のアメリカ映画、「Disney’sクリスマス・キャロル」(監督:ロバート・ゼメキス)です。吹き替え版を109シネマズ川崎のIMAXシアターで観賞しました。吹き替え版を選んだのは、「IMAX 3Dだと画面がデカすぎて字幕を追うのが大変なのでは?」と思ったからなんですが、そこら辺どうなんでしょう?

ディケンズの小説として有名な物語の映画化ですが、私はまったくストーリーを知らずに観賞しました。恋愛がからんだ話しなのかな、とか思っていたのですが、全然違ってました…。(^^;

実は今回初めてIMAXシアターの3D版を観たのですが、ありゃあ凄すぎですね。解像度も色も凄いし、3Dの大迫力がとにかくスゴイ。雪のシーンなんか、「自分の身体にもかかってるのでは?」と思ってしまうほどでした。思わず、背景のボケたところに眼の焦点を合わせようとするとどうなるんだろう?とかアホなことをやってしまいました…。

ストーリーはすごく素朴で単純で、まさに「昔話」という感じ。個人的には、3Dのあんなにスゴイ映像じゃなくて、小さいころによく見ていたテレビ番組「マンガ日本むかし話」みたいな画調で描いたほうが、むしろ説得力があるんじゃないかなぁ、などとも思ってしまいました。

「見える貧困」からは目をそらし、「見えない貧困」の不存在を信じる、いやむしろ見えないところにゾーニングしようとすらしてしまう、「厚みのない(包摂性に欠けた)」日本社会。このような作品が、「みんなが知っている話」として広範に流通している「厚みのある」ヨーロッパ社会。1人あたりGDPは1位からは陥落して久しいものの、まだまだ上位(今年中国に抜かれて3位?)にありつつも、「あなたは幸せですか?」という質問へのYes率ではOECD加盟国中でも低位自殺率ではハンガリーに次いで第2位という奇妙な国、日本。この物語が感動的ではあっても、しかし感覚的にはしっくりこない、そしてむしろしっくりこないことが自分の、あるいはこの国にすむ人たちの「まずしさ」の現れである気がして、なかなかストレートに感動して受け入れることは出来ませんでした。

ヨーロッパやアメリカに根付いている寄付文化が、日本にはなかなかなじまない理由として、キリスト教という要素は大きいとは思います。ただ、それよりも何よりも、日本人の意識には「守るべきもの、死守すべきもの」がない、あるいは希薄であることのほうが大きいのではないでしょうか。ヨーロッパ社会は、フランス革命時の「行き過ぎた市民の自由(市民によって承認された者たちの暴走)が、社会そのものをも破壊してしまうことへの恐怖」が、アメリカ社会には「独立戦争で血を流して獲得した市民の自由を統治権力が奪ってしまうことへの危惧」があって、それゆえ「たとえ統治権力が失政を行ったとしても、社会の包摂性は守らなくてはならない」という意識が強いのかなと。日本はと言えば、「軍部(の一部の危険思想の持ち主たち)が暴走してしまうことへの恐怖」はあっても、統治権力そのものの暴走や、行き過ぎた市場主義への怖れに鈍感で、むしろ社会形成は「お上がやるべきこと」という意識が強く、死守すべきとの意識に守られない地域共同体はすさまじい勢いで崩壊してしまった…ということかなと。やはり、戦争責任をうやむやにした(うやむやにしてもらった)ことが、日本人を「市民として死守するもの」の形成を阻み、「市民として」成長させる機会を失わせてしまったのか…などと思ってしまいました。

個人的満足度:★★★☆☆

Popularity: 12%


12月
2nd

イングロリアス・バスターズ

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★3

Inglourious01

現在公開中のアメリカ映画、「イングロリアス・バスターズ」(監督:クエンティン・タランティーノ)です。TOHOシネマズ六本木シアター5で鑑賞しました。

独特のヲタク的センスで「何でもアリ」の映画を作り続けている(といっても私は4作しか観ていないのですが)タランティーノ監督の最新作。私はタランティーノ映画では、「パルプ・フィクション」や「レザボア・ドッグス」に感じられる「軽さ」や「何でもアリ」なところが好きです。登場人物が死にまくり、モラルも良心も描かず、ただただ「人間とは所詮こんなことばかりやってる生物だ」というノリで映像を作りまくる様には、「この監督、ちょっと1本ネジがとんでるじゃないか?」と思えてしまうことも。映画を現実逃避の道具ではなく、社会を学ぶための、あるいは思考訓練のための題材と考えている私には珍しく、「アタマじゃなくて肉体で楽しめる映画」を提供してくれる監督とあって、期待は大きかったのですが..。

うーん、ものすごくつまらないワケではないし、もちろん途中で眠くなることもなかったのですが、ナチスものということでネタがネタなせいなのか、それとも言語の違いから来るものなのか、周囲から笑いが起こっている場面でも私はあまり笑えませんでした。(注:六本木は外国人の観客が多くて、笑いどころの違いを感じることも結構あります)ブラピはやはりやたらとカッコ良いし、部下たちも底抜けに面白いんですが、なんかワザとらしさというか、狙い過ぎ感というか、無理しすぎ感というか…ちょっと切れ味に欠ける感じがしてしまいました。

なんか、アホを続けるのって結構大変なんだなーとか、ちょっとメタ的に観てしまいましたね。体を張るタイプのお笑い芸人なんかが典型だけれども、観客は常に「前よりももっとスゴイもの」を期待するから、ネタはエスカレートしていくしかない。そして今度はついにナチス・ドイツをネタにすることにしたということかな…と。うーむ、哀しき肉体派お笑い監督・タランティーノ。個人的には、セリフがいちいちハイセンスでカッコ良かったレザボアドッグスやパルプ・フィクションが、やはり「やり過ぎにならないギリギリの線」あたりで絶妙のバランスがとれた作品である気がして、そちらのほうが好みでした。

個人的満足度:★★★☆☆

Popularity: 10%


11月
20th

母なる証明

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★5

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2009年の韓国映画、「母なる証明」(監督:ポン・ジュノ)です。シネマライズで鑑賞しました。

この作品、先日お会いして少し隣で呑んだ寺脇研さんが絶賛されているのをブログ記事で読んで(とは言っても、読んだのは一言コメントだけですが)モーレツに観たくなり、一緒に行く友人を強引に説得して(笑)行ってきた次第です。ええ、そこまでした価値がありましたね。あまりにも素晴らしい作品でした。

上映中、日本なら「モンスターペアレント」と揶揄されてしまいそうなトジュンの母親・ヘジャの行動の数々に、「自分の母ならどう振る舞うだろう?」ということを何度も考えさせられました。小中学生のころ、自分を殴った学校の先生に「殴ってもいいけど頭部はやめてくれ」と文句を言いに行った母親を、当時はうとましくも思っていたことなんかも思い出してしまいました。

これは「私の中のあなた」でも感じたことなんですが、母性愛というのは、やはり理屈ではなく本能なのだと今更ながらに思い知らされます。世間や状況がどんなに訴えようともトジュンが犯人ではないと信じて行動する前半、真実を知りトジュンが釈放されてからの後半、母親としてのヘジャの動物的な部分には一切のブレなどなく、そのことが表現されていると思われるラスト近くの添い寝のシーンは、ある種の「気付き」を私に与えてくれました。

数年前でしょうか、ある方に「自分の子どもを持つのは怖い。もしも出来の悪い子だったとき、自分はどんな感情を持つか、その子への絶対の愛を持ち続けることができるのか、自分には確信がない」と打ち明けたとき、「そんなことはない。出来が悪ければ悪いほど、むしろ可愛くて可愛くて仕方なくなるものですよ」との言葉を頂き、ハッとしたことがあります。「そうか、愛情というのは論理的思考の帰結ではなく、本能的なものだんだ」というあまりにも当たり前のことを、その方の言葉も、そしてこの映画も自分に教えてくれているようでした。(そうなると、女性が高収入や高学歴を求め、男性が他者に獲得した嫁を勝ち誇らんとする行動の歴史的繰り返しのようにも見える結婚という社会制度は何なんだろう?と改めて思ってしまうのも事実なのですが)

それにしても、この映画を観てしばらく経過すると、「よく考えてあるなぁ、してやられたなぁ」感が自分の中でどんどん膨らんできますね。冒頭の踊りのシーン、そこにつながる中盤の事件、そこで終わりかと思ったら、まだまだ描くべき物語があったという驚き(映画館では、踊りの次のシーンに進んだとき、「え、この後は描かないほうがよいのでは?」なんて思ってしまった)、そしてラストのバスでの踊り…。印象に残る映像や演出を効果的に使っていて飽きさせない工夫をしてるなぁ、と。ちょっと思うのは、「こういう工夫なしでも十分素晴らしい作品なのではないかなぁ」ということ。もし、冒頭と中盤のダンス、ラストのダンスがなけらばどんな印象を持っていたのか、可能なら太ももにハリを打ってこの映画の記憶を消して、DVDからそれらのシーンをカットして見直してみたいなぁ、などとも思ってしまいました。

個人的満足度:★★★★★

Popularity: 19%


11月
12th

マイケル・ジャクソン THIS IS IT

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★2

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現在公開中のアメリカ映画、「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」(監督:ケニー・オルテガ)です。TOHOシネマズ六本木シアター7で鑑賞しました。
私がマイケル・ジャクソンの曲を初めて本格的に聞いたのは中学生のときで、世界的大ヒットとなったアルバム「スリラー」を友人に借りたのが最初で、その格好良さにすっかりシビレたことをよく覚えています。
そんなマイケルの最後の「作品」となったのがこの映画。死の直前まで行っていたという公演のリハーサルの様子が描かれる、まぁ分類としてはドキュメンタリーということになるんでしょうか。実はあまり観に行くつもりはなかったんですが、各所で絶賛されているのを見て、いてもたってもいられなくなってしまいました。(^^;
上映直後、「Wanna Be Startin Somethin」が流れ、一気に興奮!特に前半は知ってる曲ばかりだったこともあって、かなり楽しめました。マイケルの動きは表情も、予想よりもずっと良くて、「オーバードーズで亡くなる直前の人は、果たしてどんな感じなんだろう?」という私の不謹慎な興味は、まったくアテ外れなものでした。私のようなシロウトには全盛期との違いも分からない、そんな元気なマイケルを観ることができました。まぁ、体調の悪さを感じさせるような映像は意図的に使っていない可能性もあるわけですが。
また、気軽にスタッフに語りかけ、指示を出すマイケルの様子にもちょっと感激。これもまぁ、「都合の悪いところは見せないようにしている」のだとは思いますが、少なくともこういう一面があったというところが見れてちょっと安心。なんというか、マイケルって浮世離れした人というイメージが強かったので。
エンドロール後には劇場全体から拍手が。うーん、公開後1週間以上経過しているというのに、この熱気というか盛り上がりはスゴイですねぇ。
しかし、個人的には、後半は飽きてきてあまり楽しめませんでした。基本的には(映画化する意図を持って撮影されたわけじゃないから仕方ないのだけれど)リハーサル映像の垂れ流しで、かつライヴ映像というわけでもなく、歌っているシーンの1/3くらいは解像度の低いホームビデオ?で撮影されたらしき映像なので、観ていて目が疲れてきてしまって..。さらに、インタビューもマイケルに対するものはなく、周囲のスタッフに対するものだけ。率直に言って、作品自体の出来だけで言えば、ストーンズの「シャイン・ア・ライト」の足下にも及ばないものだと思いますねぇ。
もちろん、「マイケルの突然の死」という思いがけぬ事件があったからこそ急ごしらえで作った映画で、それゆえの「2週間限定公開」(延長されたみたいですが)なのでしょうから、出来そのものをうんぬん言うのはヤボで、ここは2009年という時代を生きた証に映画館に来た、くらいの気持ちで観るべきなのでしょう。
個人的には、気持ちがさらに盛り下がってしまったのは、環境問題について直接的な言葉が出てきたあたり。この記事を書くにあたって調べてみたら、彼は環境問題提起を含めた社会貢献活動を長年にわたってやってきているhttp://allabout.co.jp/gm/gc/3860/ようなのですが、それを知らなかった私は鑑賞中なんだか「うさん臭さ」ばかり感じてしまいました。これはまぁ、私がひねくれているからなんでしょうけれど、おそらく同様に感じる人も多いはず。なんというか、周囲が彼を「伝説」にすべく、やや無理をしてでも持ち上げようとしているような恣意性を感じてしまって、ちょっとひいてしまいました。そうなると「彼の死による公演キャンセルの損失を、この映画を大急ぎで作って埋め合わせようとしたのだろうなー」などという、つまらないことまで考えてしまって…。むしろ、彼の苦悩する部分を少しくらい見せてくれても良かったのに、と思いましたね。
個人的満足度:★★☆☆☆

現在公開中のアメリカ映画、「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」(監督:ケニー・オルテガ)です。TOHOシネマズ六本木シアター7で鑑賞しました。

私がマイケル・ジャクソンの曲を初めて本格的に聞いたのは中学生のときで、世界的大ヒットとなったアルバム「スリラー」を友人に借りたのが最初で、その格好良さにすっかりシビレたことをよく覚えています。

そんなマイケルの最後の「作品」となったのがこの映画。死の直前まで行っていたという公演のリハーサルの様子が描かれる、まぁ分類としてはドキュメンタリーということになるんでしょうか。実はあまり観に行くつもりはなかったんですが、各所で絶賛されているのを見て、いてもたってもいられなくなってしまいました。(^^;

上映直後、「Wanna Be Startin Somethin」が流れ、一気に興奮!特に前半は知ってる曲ばかりだったこともあって、かなり楽しめました。マイケルの動きは表情も、予想よりもずっと良くて、「オーバードーズで亡くなる直前の人は、果たしてどんな感じなんだろう?」という私の不謹慎な興味は、まったくアテ外れなものでした。私のようなシロウトには全盛期との違いも分からない、そんな元気なマイケルを観ることができました。まぁ、体調の悪さを感じさせるような映像は意図的に使っていない可能性もあるわけですが。

また、気軽にスタッフに語りかけ、指示を出すマイケルの様子にもちょっと感激。これもまぁ、「都合の悪いところは見せないようにしている」のだとは思いますが、少なくともこういう一面があったというところが見れてちょっと安心。なんというか、マイケルって浮世離れした人というイメージが強かったので。

エンドロール後には劇場全体から拍手が。うーん、公開後1週間以上経過しているというのに、この熱気というか盛り上がりはスゴイですねぇ。

しかし、個人的には、後半は飽きてきてあまり楽しめませんでした。基本的には(映画化する意図を持って撮影されたわけじゃないから仕方ないのだけれど)リハーサル映像の垂れ流しで、かつライヴ映像というわけでもなく、歌っているシーンの1/3くらいは解像度の低いホームビデオ?で撮影されたらしき映像なので、観ていて目が疲れてきてしまって..。さらに、インタビューもマイケルに対するものはなく、周囲のスタッフに対するものだけ。率直に言って、作品自体の出来だけで言えば、ストーンズの「シャイン・ア・ライト」の足下にも及ばないものだと思いますねぇ。

もちろん、「マイケルの突然の死」という思いがけぬ事件があったからこそ急ごしらえで作った映画で、それゆえの「2週間限定公開」(延長されたみたいですが)なのでしょうから、出来そのものをうんぬん言うのはヤボで、ここは2009年という時代を生きた証に映画館に来た、くらいの気持ちで観るべきなのでしょう。

個人的には、気持ちがさらに盛り下がってしまったのは、環境問題について直接的な言葉が出てきたあたり。この記事を書くにあたって調べてみたら、彼は環境問題提起を含めた社会貢献活動を長年にわたってやってきているようなのですが、それを知らなかった私は鑑賞中なんだか「うさん臭さ」ばかり感じてしまいました。これはまぁ、私がひねくれているからなんでしょうけれど、おそらく同様に感じる人も多いはず。なんというか、周囲が彼を「伝説」にすべく、やや無理をしてでも持ち上げようとしているような恣意性を感じてしまって、ちょっとひいてしまいました。そうなると「彼の死による公演キャンセルの損失を、この映画を大急ぎで作って埋め合わせようとしたのだろうなー」などという、つまらないことまで考えてしまって…。むしろ、彼の苦悩する部分を少しくらい見せても良かったのに、と思いましたね。

個人的満足度:★★☆☆☆☆

Popularity: 26%


11月
5th

5分間の天国

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★5

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2009年のドイツ映画、「5分間の天国」(監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル)です。東京国際映画祭で上映された作品で、TOHOシネマズ六本木スクリーン6で観賞しました。

(あらすじ等はこちらで..)

友人に誘われて、連れられるままに行った東京国際映画祭だったのですが、この作品は「観ておいて本当に良かった!」と思いました。高い志を持って作品を企画し、それを高いレベルで実現した傑作だと思います。

この映画は、「凶悪犯罪被害者の感情の回復」という難しいテーマに真っ向から取り組んでいる、まさに志の高い作品です。EU諸国には死刑制度がありません。じゃあ、そういった国々において、身内を殺された家族は、犯人に死刑を望まないのか。そんなはずはありません。どの国の人だって、犯人を八つ裂きにしてやりたいという感情はあるに決まっています。しかし、EU諸国、いや日本と米国(の約半分の州)以外の先進国は犯人を殺害する「以外の」方法で、被害者家族の感情の回復をすること挑戦し、ある程度成功しているそうです。この映画では、終盤にその具体的な様子が短い時間ではありましたが、しっかりと描かれていて、オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督の高い志を強く感じることができました。「どのような社会的な機能を持たせたいか」という意思をしっかり持った素晴らしい作品であったと思います。

この映画、すでに死刑以外の方法で被害者家族の感情を回復する手段を確立している先進国ではなく、まさに日本で公開してもらいたい作品だと強く思いますね。

個人的満足度:★★★★★

Popularity: 4%


10月
28th

告発

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★5

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もうとにかく、身震いするようなシーンの連続でシビレ倒しました。冒頭から中盤までの虐待シーンの凄まじさ、裁判における頭脳戦の面白さと緊張感、その後に訪れる大きなカタルシスと哀しみ…。2時間、一瞬たりとも目をそらせない映画なんて、久しぶりに観た気がします。
これまで、アルカトラズ島の映画と言えば「ザ・ロックhttp://www.sansu.org/WP/?p=67」だと思っていましたが、完全に考えが変わってしまいましたね。もちろん、「ザ・ロック」も大好きなのですが、この作品のインパクトにはちょっと敵いそうにありません。
地下牢に3年間も収監され、さらにはその間に「(自殺も含め)死ななかったことが不思議でならないほどの」虐待を受け続け、ようやく開放されたその日に「自分をハメた男」を半ば放心状態で殺害してしまうヘンリー。皮肉なことに、殺人事件を犯すことによって、(裁判のために)ヘンリーはようやく生き地獄から解放されることになり、そしてやがては彼の弁護士ジェームズによって、長年に渡って行われてきたアルカトラズ刑務所での残虐行為の告発につながっていく…。
しかし、この映画を観て改めて感じるのは、「悪意を持った悪」なんかよりも「組織防衛のために行われる悪」のほうがずっと大きなことがやれてしまうものだ、ということです。とにかく、罪の意識を感じることなく「自分は(組織防衛という)正義のためにやっているんだ」と胸を張れてしまうところが厄介です。取り調べの可視化に徹底的に反対している検察(さて何故でしょう?w)とか、政権交替したら「どこに陳情すれば?」状態になっている農協とか、あるいは合格点に達していた生徒を見た目で不合格にしていた神奈川県立神田高校の校長とか。個人の欲望ならばできなかったであろう「とんでもないこと」をやれてしまうのだから、組織防衛心理とは恐ろしいものです。かくいう私も小さな組織を運営しているわけですが、そういう事態にならぬよう、絶えず自己チェックせねばと思ったりしています。
それにしてもケヴィン・ベーコン。「狼の死刑宣告」を観たあとだと、ヘンリー役をやってるのが彼だとはしばらく気付きませんでした。まぁ、私の「外国人の顔判定能力の低さ」は最近になって痛感しているところなのですが。(NBA選手はほとんど外さずに顔と名前が一致するのですが、アレは顔判定じゃなくて動き判定しているからと思われます)長年の虐待から解放されたばかりの脅えきったヘンリーを演じる表情からは、「狼の〜」のポスターに描かれた主人公と同一人物とは思えなくて…。いや、本当にシビレる演技でした。
しかし、「オールド・ボーイhttp://www.sansu.org/WP/?p=1404」しかり、「モンテ・クリスト伯」しかり、「ショーシャンクの空にhttp://www.sansu.org/WP/?p=480」しかり、どうも私は「不当に捕らわれた者の物語」に惹かれる傾向にあるようです。まぁ、その後に大きなカタルシス(=ざまぁみろ感)を得られることが予見されるってこともあるんでしょうけれど、やはり「極限状態になったとき、人間はどうなるのか」に興味を持ってしまうんでしょうね。思えば人は古来から、断食修業をしてみたり、何十キロも走ってみたり、水中で極限まで息を止めてみたりと、肉体を極限に追い込むことをしてきたわけで、「その先に何があるのか」には本能的に興味を抱いてしまうのかも知れません。そう考えると、人間には「ドM」な人たちが古来からいたということになりますし、それに興味を持ってしまう私もそのケがあるのかも知れません。(^^;

1995年のアメリカ映画、「告発」(監督:マーク・ロッコ)です。DVDを借りて観賞しました。

もうとにかく、身震いするようなシーンの連続でシビレ倒しました。冒頭から中盤までの虐待シーンの凄まじさ、裁判における頭脳戦の面白さと緊張感、その後に訪れる大きなカタルシスと哀しみ…。2時間、一瞬たりとも目をそらせない映画なんて、久しぶりに観た気がします。

これまで、アルカトラズ島の映画と言えば「ザ・ロック」だと思っていましたが、完全に考えが変わってしまいましたね。もちろん、「ザ・ロック」も大好きなのですが、この作品のインパクトにはちょっと敵いそうにありません。

地下牢に3年間も収監され、さらにはその間に「(自殺も含め)死ななかったことが不思議でならないほどの」虐待を受け続け、ようやく開放されたその日に「自分をハメた男」を半ば放心状態で殺害してしまうヘンリー。皮肉なことに、殺人事件を犯すことによって、(裁判のために)ヘンリーはようやく生き地獄から解放されることになり、そしてやがては彼の弁護士ジェームズによって、長年に渡って行われてきたアルカトラズ刑務所での残虐行為の告発につながっていく…。

しかし、この映画を観て改めて感じるのは、「悪意を持った悪」なんかよりも「組織防衛のために行われる悪」のほうがずっと大きなことがやれてしまうものだ、ということです。とにかく、罪の意識を感じることなく「自分は(組織防衛という)正義のためにやっているんだ」と胸を張れてしまうところが厄介です。取り調べの可視化に徹底的に反対している検察(さて何故でしょう?w)とか、記者クラブメディアとか、政権交替したら「どこに陳情すれば?」状態になっている農協とか、あるいは合格点に達していた生徒を見た目で不合格にしていた神奈川県立神田高校の校長(まぁ、他の生徒のためというのは感情としては分かりますが、それならば入試制度を面接最重視の得点配分に改正すれば良いだけ)とか。個人の欲望ならばできなかったであろう「とんでもないこと」をやれてしまうのだから、組織防衛心理とは恐ろしいものです。かくいう私も小さな組織を運営しているわけですが、そういう事態にならぬよう、絶えず自己チェックせねばと思ったりしています。

それにしてもケヴィン・ベーコン。「狼の死刑宣告」を観たあとだと、ヘンリー役をやってるのが彼だとはしばらく気付きませんでした。まぁ、私の「外国人の顔判定能力の低さ」は最近になって痛感しているところなのですが。(NBA選手はほとんど外さずに顔と名前が一致するのですが、アレは顔判定じゃなくて動き判定しているからと思われます)長年の虐待から解放されたばかりの脅えきったヘンリーを演じる表情からは、「狼の〜」のポスターに描かれた主人公と同一人物とは思えなくて…。いや、本当にシビレる演技でした。

しかし、「オールド・ボーイ」しかり、「モンテ・クリスト伯」しかり、「ショーシャンクの空に」しかり、どうも私は「不当に長期間捕らわれた者の物語」に惹かれる傾向にあるようです。まぁ、その後に大きなカタルシス(=ざまぁみろ感)を得られることが予見されるってこともあるんでしょうけれど、やはり「極限状態になったとき、人間はどうなるのか」に興味を持ってしまうんでしょうね。思えば人は古来から、断食修業をしてみたり、何十キロも走ってみたり、水中で極限まで息を止めてみたりと、肉体を極限に追い込むことをしてきたわけで、「その先に何があるのか」には本能的に興味を抱いてしまうのかも知れません。そう考えると、人間には「ドM」な人たちが古来からいたということになりますし、それに興味を持ってしまう私もそのケがあるのかも知れません。(^^;

個人的満足度:★★★★★

Popularity: 1%


10月
22nd

狼の死刑宣告

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★4

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現在公開中(でもアメリカでは2007年公開らしい)のアメリカ映画、「狼の死刑宣告」(監督:ジェームズ・ワン)です。渋谷のシアターNで観賞しました。

今回、シアターNという映画館に初めて行ったのですが、なんと1Fがアニメイトで2Fが映画館なんですね。ウチの生徒とバッタリ会ったりしないか、今後心配です…。(^^;

さて作品ですが…これはバッチリ楽しめました。「陪審制の問題点」「犯罪被害者の感情の浄化の方法論」といった、私が日ごろから興味がある問題を扱ってはいて、社会派映画の一面を持っていると言えなくもないのですが、これは「2時間ドキドキしながら観て、ケヴィン・ベーコン演じるオヤジの格好良さにシビレる」のが正しい楽しみ方かと思います。日本版ポスターに書かれたキャッチコピーもスゴすぎるものですし。(^^;

とまぁ、この映画の「正しい楽しみ方」はそれなりに理解しつつも、途中まではちょっと複雑な気持ちで観ていました。この映画では、街のワルたちに息子を殺された父親が、彼らが極刑に処される可能性が低いと知って、自らの手で「死刑執行」することを選択します。私にとって最も興味深かったのは、実はこのシーンでした。

そもそも親族による復讐が認められていた未開社会は、やがてそれを禁止して統治権力が替わって罰するようになります。それに伴って、被害者家族の「感情の浄化」は確実にその達成度合が低下してゆく。さらにその量刑が、他の同様の犯罪を犯した者と比較して(ここは重要な気がしました)明らかに軽い場合、やはり納得は到底しがたいものがある..。「被害者家族の感情の浄化」という点において、「刑罰は量刑の絶対的重さではなく相対的重さでその機能が決まってくるんだなぁ。であるなら、やはり被害者を救済する手段として、刑罰以外の何かを構築する必要性というか義務が社会にはあるのだろう」….などと、おそらくシアターNで観ていた人たちの中で唯一、そんなアホなことを考えていました。

その後の展開はもう「予想通り、思った通り」で、まるで水戸黄門を観ているようでしたが、とにかくスカっと楽しめましたし、格好良さにシビレることもできました。たぶん、少なくとも男性なら誰でも楽しめる佳作ではないかな、と思います。

個人的満足度:★★★★☆

Popularity: 7%


10月
16th

父親たちの星条旗

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★5

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2006年のアメリカ映画、「父親たちの星条旗」です。Blu-ray版を購入して観賞しました。(「硫黄島からの手紙」は1年くらい前に観賞しました。記事は書きわすれ…)

あまりにすごい映画だったのと、いくつか分からないところがあったのとで、2晩続けて観てしまいました。2回目でようやく、主要な3人以外の登場人物について、そのキャラクターや前後関係が分かってきたように思います。もちろん、そんな細かいところが分からなくても十分に感動できる作品なのですが。

戦争国債を買ってもらうための欺瞞に満ちあふれたアメリカ政府の広告活動と、それに利用される形になった、作られた「英雄」たち。彼らの運命とそれに起因する葛藤の日々、そしてその運命に対する三者三様の受け止め方。クリント・イーストウッドの「社会なんてこんなもの、アメリカという国は、こういう欺瞞の上に成り立っている国なんだ」という思いと皮肉が特に後半にひしひしと伝わってきました。

イーストウッドはこの作品で、社会の欺瞞や歪みを訴えると同時に、それをアイロニカルに表現するだけではなく、「それでも生きていかなければならないのが人間。そのことを知った上で、あえてシステムに乗るしかない。しかし、その哀しみを忘れてはいけない。」と訴えているように思います。欺瞞に真っ向から対峙し疲れていったアイラ、うまく乗ったがその哀しみを忘れていったレイニー、常に過去を噛みしめながらその時々でやるべきことを全うしたドク。3人の人生の末路が、イーストウッドの考える「社会に属さざるをえない人間の、あえて選択すべき、するしかない姿」を表しているように思えました。

最後にBlu-ray版ですので画質・音質について。画質は..ちょっとノッペリとした感じの、Blu-ray版としてはちょっと物足りない感じのものでした。(と思ったら、VC-1なんですね)音もそれほど迫力を感じず、ちょっと残念な感じ。作品内容が良いだけに、もうちょっと頑張って欲しかったです。

個人的満足度:★★★★★

Popularity: unranked


10月
8th

私の中のあなた

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★4

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10月公開のアメリカ映画、「私の中のあなた」(監督:ニック・カサヴェテス)です。初めて試写会で映画を観賞しました。

私はずっと、知人女性のお嬢さんで、小児ガンで亡くなった方ことを思い出して、かなり沈んだ気持ちにさせられつつ映画の終盤を迎えることになりました。そういう点では、かなりしんどい2時間でした。

(以下、ネタバレあります)

この作品、かなり泣ける映画だと思います。「泣き装置」としては超一級と言っても良いかと思います。実際、エンドロール中はすすり泣きの声が試写会場からかなり聞こえていました。哀しい映画で泣くことの滅多にない私も、途中2回くらいうるっときそうになりましたし、泣き上戸の方ならもう、それこそ涙が止まらなくなるかも知れません。しかも、観終わった後にはいわゆる映画的カタルシスも得られます。なんだか、ちょっと幸せな気分になれたりもするんです。(実は私はそこが気に入らないのですが…。)

「姉に生体移植を行うために生まれてきた妹」という設定は、どれほど現実味のあるものかは分からないけれど、それでもなかなかリアリティを感じます。また全ての登場人物が苦しみを抱えており、感情移入できてしまいます。白血病(と家族への愛情)に苦しむケイト、ケイトを救わんと必死に手を尽くす母親のサラ、ケイトのために移植手術を何度も受けてきた妹のアナ、サラとケイト双方の気持ちがわかるが故に苦しむ父親。

私も塾講師という仕事を通じて、いろいろな子どもと接してきました。その中には障害を持った子も(なんとか塾に通える程度の軽度のものではありますが)いました。そういった子どもたちのお母さんともお話をしてきましたが、彼女たちの抱える苦悩はこの映画のサラのそれと同種のものであると感じます。

「全快する」というベスト・アンサーのない状況の中での最適解探し。私が会ってきた障害を抱えた子どものお母さんたちも、ときには過保護に、ときには過干渉に、ときには過放任になりながら、危ういバランスの綱渡りを苦しみながらこなしていたように思います。もちろん、母親が「この子のために」と必死になり、ときに盲目的にすらなるのは仕方がない….というよりも当然のことです。それゆえ、「客観的・俯瞰的な目と冷静な判断を下す分析者」の機能を誰かが代わりにこなす必要があるわけで、この映画ではそれを父親や妹(!)、兄が結果的に受け持つことになった…ということになります。そういう点では、この映画で描かれた家族は、各自がきちんとロールプレイしてバランスを辛うじて保った(ゆえに感動的なラストにつながった)と言えるのでしょうね。

そういうわけで、何らかの問題を抱えた子どものいる家族像の描き方としては、「紆余曲折はあったけれど、それを家族の相互扶助で乗り切った好例」ということでこの作品には(「泣き装置として」以外にも)十分に意味があると思います。また、「尊厳死のあり方と家族の振る舞いのあり方」、「死の自己決定権」についても(やや演出過多な感もありますが)考えさせる出来になっていると感じました。が、それでも私としては、「もっと大きな機能を果たせたのに」という残念に思う部分があります。

それは主に、移植医療の問題点についてです。せっかく「生体移植のために生まれてきた妹」というかなりショッキングな設定を用意しているのに、生体移植の問題点を十分に訴えられていないことは残念です。(実際、〜のために生まれてきた、という設定が物語にあまり活かせていない気がします)日本では7月に臓器移植法が開成されて、脳死移植へのハードルが大幅に下げられました。が、その前にあまり語られていない事実として、これまで日本では生体移植が(他の先進国と比較して)異様に多かった、ということがあります。これは脳死移植が主にドナー不足が原因でなかなか実施できないという理由もさることながら、欧米では儲けられている生体移植への高いハードルが日本では事実上ゼロ、まさに無法地帯化していたということがあげられます。(噂レベルですが、生体移植のためにホームレスを同居させて、「同居者」として臓器を提供させるなんてことも実際にあるとかないとか…)また、生体移植には実は健康体にメスを入れることになる上、その健康体にも3人に1人程度の割合で後遺症が起こることもあまり知られておらず、少なくとも過去にはその十分な説明がされないケースもあったようです。(第424回のマル激で河野太郎氏がご自身の体験として語られていました)さらには、例えば親族が移植を必要とする病気にかかった場合、適合する臓器を持っていると「断りきれない」重さのプレッシャーが健康体を持つ人を襲うという悲劇もあります。とにかく生体移植には、「その悲劇の重さゆえに脳死移植を考えなければならない」ほどの問題点があるものであることを、もう少し訴える内容になっていれば..などと思ってしまいました。

まぁ、「泣ける映画」としては一級品だと思いますし、誰にでもオススメできる作品ではあります。願わくば、単に「泣けた〜」とか「感動できた!」とかだけじゃなくて、これを観た人の一部に対してでも、移植医療や「もし自分が障害を持つ子の親になったら」といったことも考える機会になれば…などと思います。まぁ、私も第三者的に無責任に考えたり放言したりしているだけなのですが….。

個人的満足度:★★★★☆(生体移植について踏み込んでくれていれば…..!)

Popularity: 27%


10月
7th

あの日、欲望の大地で

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★3

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現在公開中のアメリカ映画、「あの日、欲望の大地で」(監督:ギジェルモ・アリアガ・ホルダン)です。銀座テアトルシネマで鑑賞しました。

恥ずかしながら全然知らなかったんですが、主役と準主役を演じるシャーリーズ・セロンとキム・ベイシンガーって、アカデミー女優さんなんですねぇ。私、「外国人w」の見分けがあまりつかないほうで、この2人が出ている映画も何本か観ているのにも関わらず、終わってからチラシを見るまで「観たことある人だ」とは全く分かりませんでした。なるほど、そう言われてみれば演技は確かにうまかった気も…。(はい、役者の「演技のうまさ」は、ものすごい鬼気迫る演技とかでない限りよく分からない人です…orz)

そんな状態で観た(どんな映画で誰が出ていて、とかホントに何も知らなかったw)この作品ですが、この1ヶ月くらいの間に映画館で観た作品の中では最も楽しめました。つながってなさそうな複数の話が終盤につながり、「なるほど!」と膝を打つ快感、まぁ映画という媒体ならではのカタルシスはありますね。個人的には、マリアーナの「やっちまった」事件の内容とその後の表情(から想像される心理状態)や行動は、どうも「いくらなんでもそんなワケはないだろう?」と思ってしまい、終盤で一気に作品から気持ちが離れて行ってしまいましたが…。

それはともかく、感じたのは「上手く作りだなぁ」と思わずにはいられないプロット(と脚本)ですねぇ。「よく考えてあるなぁ」とも思います。時系列で描いたら全然面白くなさそう&「んなわけねぇだろ」的な話が(むしろ上記の疑問がより浮かび上がってしまいそう)、話を分解して再構築することによってこんなに面白くスリリングで、かつ哀しみにあふれた話になるとは!特に冒頭にバスの大炎上のシーンを持ってくるあたりは秀逸だと思いますね。

(しかし、今見たら公式サイトでも流されている予告編は、肝心のネタが思いっきりバレちゃってます…。今から観る方は、予告編は決して観ずに映画館に向かわれることをオススメします。)

まぁ、「上手いなぁ」などと分析する余裕があったことからもお分かりの通り、それほど映画自体には入り込んではいなかったのですが。(特にラストが)

しかし、「あの日、欲望の大地で」というエロそうな邦題はどうなんだろう?まぁ、確かに「欲望の大地」での事件がすべての発端ではあるのだけれど…ううむ?

個人的満足度:★★★☆☆

Popularity: 14%