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	<description>ようやく正式公開〜タイトルどうしよう？〜</description>
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		<title>カラフル</title>
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		<pubDate>Fri, 03 Sep 2010 09:28:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>マサル</dc:creator>
				<category><![CDATA[Cinema]]></category>
		<category><![CDATA[★４]]></category>

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		<description><![CDATA[
現在公開中の邦画、「カラフル」（監督：原恵一）です。ヒューマントラストシネマ渋谷で鑑賞しました。
非常に評価の高い原恵一監督ですが、作品を観るのはこれが初めてでした。「クレヨンしんちゃん」シリーズは大傑作ということで、いつもお世話になっているノラネコさんの「ノラネコの呑んで観るシネマ」ではゼロ年代ベスト２に入っていたりして、非常に気になっている監督でした。ええ、期待通りの素晴らしい作品でした。
ふだんから多くの中高生と接している私の目には、この作品で描かれている中３生・小林真は非常にリアルに映ります。実際に自殺という手段を行使した生徒と出会ったことはないものの、この映画と似たような悩みを持ち、中学から高校にかけてそれを乗り越えていった生徒はたくさんいました。無邪気に親や兄弟や先生を信じ寄り掛かることのできた小学生時代から、新たな尊厳の供給源を家庭の外に求め始める中学生時代へ。親はこの間に「うまくハンドルを手放す」ことをしないと、過剰な不信感を子どもに抱かせたり、修復不可能と思われるほどの大きな溝を作ってしまったりします。この作品は、そんなある意味典型的な失敗パターンに陥ってしまった主人公とその家族が、「絆」と「おのおのの尊厳」を取り戻していく物語です。
とにかく、ディテールが良くできているなぁ、というのが第一印象。個人的に「ほー！」と思ったのは、繰り返し描かれる家族４人での食事のシーン。主人公がお母さんの作ったおかずを食べず、既製品のフリカケをかけてご飯を食べる描写は、リアリティがありすぎて思わずうなりそうになってしまいました。（映画館でしたので自重しましたが）
監督がリアリティに拘っていることは明らかで、実写に近いCG表現や実写を実際に使用した（と思われる）表現が多数あること、二子玉川の街の描写も妙にリアルで、数回しか二子玉川に行ったことのない私でも「あぁ、ホントの街だ」と思えるほどであること、「主人公目線」での描写が多いこと、そんな中でプラプラだけが妙に旧来のアニメ風（というよりもゲーム風か）の描き方をされていること、そして前述のような細かい人物描写&#8230;。「実際に観る人の何割かは当事者だろうから、生半可な描写ではリアリティを感じてもらえない。」という監督の覚悟のようなものが伝わってくる気がしました。
ちょうど先日、飛行機の中で「リトル・ミス・サンシャイン」（2006年米国　監督：ジョナサン・デイトン&#38;ヴァレリー・ヴァリス）を観たのですが、あちらも家族間の「絆」と「おのおのの尊厳」の回復がテーマになっているお話。感動的な素晴らしい映画で涙が出そうになりましたが、絆や尊厳が回復されていく過程の描き方は、この「カラフル」のほうがずっと現実的である気がしました。まぁ、日本とアメリカという国の違いも大きいのでしょうけれど。
この映画、観ている途中に「あぁ、あの子とその両親に観てもらいたい&#8230;」と具体的に何人かの顔が思い浮かびました。ただ、私が直接「観てみなよ」などと言うと「観察者の干渉ならぬ、推薦者の干渉」が発生してしまって、伝わるべきことがちゃんと伝わらない気もします。人に「伝える」ということの難しさを、単なる観客でしかない私もこんな風に感じてしまうのだから、表現者たる監督（および周辺スタッフ）は本気で伝えようと思ったら大変だろうなー、などと余計なことまで考えてしまいました。
個人的満足度：★★★★☆
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		<title>インセプション</title>
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		<pubDate>Sun, 08 Aug 2010 00:27:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>マサル</dc:creator>
				<category><![CDATA[Cinema]]></category>
		<category><![CDATA[★５]]></category>

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		<description><![CDATA[
現在公開中のアメリカ映画、インセプション（監督：クリストファー・ノーラン）です。TOHOシネマズ六本木スクリーン２で観賞しました。
いやぁ、あっという間の２時間３０分でした。「あっという間」に感じたのは、「ダークナイト」と同じく、映像の凄さと気分を高揚させてくれる音響、そしてスピード感あふれる演出の効果なんだろうな、と観賞後の今は思います。が、鑑賞中はまさに「夢のような世界」に「夢中」になってしまっていました。
重要な記憶はどこにあるか、夢から覚めるのはどうなった場合か、夢の中で痛みはどう感じるのか、夢で流れる時間はどうなっているか。やや陳腐とも言えるこれらのルール設定は物語の前半でしっかりと行われ、ご丁寧にも「練習ステージ」も行われます。この辺、「そんな夢があるかいな？！」と感じてノレない人がいるかも。そう、この映画は人間が古来から見る夢というよりも、現実に構築され、完成しつつあるヴァーチャルな世界（Second Lifeのようなもの）の有り様と、それが高度に完成された社会における人の振るまい方についての強い問いかけを行っているように思えました。
「現実って何なのか、そんなに現実が大切なのか」問題は、人間にとって永遠のテーマかも知れません。考えてみれば実際に、多くの人が「非現実 ＞ 現実」という優先順位で生きているような気もします。まさに映画なんて、「実際に自分がチャレンジするのは難しいから、映画の中でやってもらおう」というものだし、自分が恋愛する変わりに一昔前ならばトレンディドラマで、今ならばゲームでやってもらおうということなんて、よく行われています。
最近だと、「現実の女性よりも、アニメやゲームの女性」とはっきり言うような人も増えていて、これを年長世代は「モテないから言ってるんだろ」とか「そんなんじゃダメだ」とか評したりしますが、どう考えても普通にモテてもおかしくない奴が、「そうじゃなくて、本気で」言っているケースも少なからずあって、ここ数年で爆発的に増えてきている気がします。（私は塾で身近に接してますので&#8230;）私なんかの世代は、「現実から逃避してはダメだ」という固定観念とか恐怖観念のようなものがありましたが、今の若い世代はそうった観念からもずっと自由で、完全に直観的に「どちらが良いか」を判断しているように思えます。つまりは、「非現実に向かうやつはダメなやつだ」というレッテルが無効になってしまえば、実は多くの人は非現実を選ぶ、という事実がここにあるという&#8230;。
この映画で最も興味深かったのは、モルの選択と、それを否定するコブの「説得力のなさ」でした。夢の世界ですべてが手に入り、何もかもが満たされるのに、何故現実に戻る必要があるのか、そう言うモルの言葉には説得力があり、それを否定するコブの言葉には説得力がない。
私なんかの世代には固定観念的な「現実を充実させるべく生きなくてはならない」という考えがあって、それを揺さぶられるという面白さがこの映画にはあるのだけれど、そうでない人（そういった固定観念から完全に自由な人、あるいはそういった固定観点に覆い尽くされている人）はどうこの映画を楽しむのか、ちょっと想像しづらいものがありますね。そういう意味では、観る人の実存に依存する映画なのかな&#8230;とも思います。
個人的満足度：★★★★★
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		<title>トイ・ストーリー３</title>
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		<pubDate>Fri, 23 Jul 2010 06:52:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>マサル</dc:creator>
				<category><![CDATA[Cinema]]></category>
		<category><![CDATA[★４]]></category>

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		<description><![CDATA[
現在公開中のアメリカ映画、「トイ・ストーリー３」です。TOHOシネマズ六本木スクリーン２で鑑賞しました。
実はこのシリーズ、１も２も見たことないんですよね&#8230;。そんなわけで、「それで楽しめるのか？」という疑問というか不安もありつつ、劇場に足を運んだのですが、それは完全に杞憂でした。前作や前々作を見てなくても十分に楽しめる作品に仕上がっています。
さてこの作品、もう、ものすごく評価が高いんですよね。私なんかは世代のせいか、あるいはガキだからか、「地下帝国」とか「空中都市」みたいなのが出てくるようなタイプの壮大なお話だと観る前からワクワクしてしまうのですが、この作品のように「日常の影で起こっている小さなお話」にはさほど燃えなかったりします。そんなわけで、やや低めのテンションで鑑賞が始まったのですが&#8230;いやぁ、楽しめました！
「共同体よりも、社会よりも、国家よりも、仲間を選ぶ」ことの正しさを寓話的に描いた作品ですね、これ。主人公ウッディの選択が常に「仲間をすべてに優先する」という規範に則って決められているようで、人間としての幸せになる方法をズバリ示しているように思えてうれしくなってしまいました。「人は実のところ、他人を幸せにすることでしか、幸せになれない」ことを悟った人間の仕業（笑）だと思います。
「国家に尽くすこと」が正しいとされた時代と、「会社に尽くすこと」が正しいとされた時代を経て、いま世間は「自分に尽くすこと」が正しいとされつつあるように思えます。しかし、利己的になればなるほど、結局は利他的にならざるをえないパラドックスに、人は成長とともに気付いていくものだと思いますが、そうはならない人もいたりします。この映画は、観る子どもたちに対しては将来に向けて暗示的に、大人たちに対してはよりハッキリと「幸せの仕組み」を伝えるものとして機能すると思いました。（実はこの辺は、「カーズ」でも同様のことが描かれていて、個人的にはあちらのほうが好きだったりします。まぁこれは、私がクルマ好きってことも大きいかもｗ）
この夏話題のアニメ２作品、作品の出来という点での優劣は分かりませんが、「子どもに観せたい映画」を選ぶなら、この「トイ・ストーリー３」かなぁ、と私は思いました。もちろん、どちらもオススメできる佳作ですけど。
個人的満足度：★★★★☆（あれ？なんでカーズ、３つ★にしてあるんだろう&#8230;？）
（追記）そうそう、この作品、3D + 字幕で観たのですが、出来れば2D + 吹き替えで観たかったな..とも思いました。
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		<title>借りぐらしのアリエッティ</title>
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		<pubDate>Thu, 22 Jul 2010 05:46:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>マサル</dc:creator>
				<category><![CDATA[Cinema]]></category>
		<category><![CDATA[★４]]></category>

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		<description><![CDATA[
現在公開中の邦画、「借りぐらしのアリエッテイ」（監督：米林宏昌）です。TOHOシネマズ六本木スクリーン３で鑑賞しました。
実は鑑賞当日、「インセプション」を見ようと思っていたのですが&#8230;残念ながら良い席のチケットがとれず、仕方なくこちらの映画にした次第だったのですが&#8230;いや、しっかり楽しめました。
ジブリ作品で女の子が主人公となると、どうしても「思春期の女の子の自立と成長」を描いたものを期待してしまいますが&#8230;.ええ、予想通りでした。この作品、宮崎駿氏は脚本として参加している（というよりも、そもそも40年前に宮崎氏と高畑氏によって考えれた企画だそうですね&#8230;Wikipediaより）ようですが、「女の子の描き方」については、やはり彼の意向というか趣味が前面に出ているように思えましたね。「責任感と行動力があって、しかも長い時間ウジウジと思い悩んだりしない、かわいくて強い女の子」という、まぁ現実にはほぼ絶滅した（というか実在したことあるのか？）キャラクターを見るのは確かに気持ちのよいもので、見ていると爽快な気分になります。ただしまぁ、これをもって「女の子とはこうあるべきだ」なんて思われてしまっては、世の女の子も、あるいは男の子にとっても不幸だと思ったりもするわけで、少々複雑な気分でもあるのですが。
また、登場するキャラクターに宮崎駿氏の作品の焼き直しっぽいものが多いのが、氏のこの作品への影響力の大きさを示しているのか、それとも米林監督の宮崎氏へのオマージュなのか、これもちょっと気になるところです。アリエッティのお父さんは「未来少年コナン」のレプカや「カリオストロの城」の伯爵とそっくりだし、スピラーはこれまた「未来少年コナン」のジムシーそっくり。往年のファンとしてはうれしい限りですが、「監督が変わっても同じデザインのキャラなのはどうなんだろう？」とちょっと思ったりもしました。
とまぁ、そんな面倒なことを考えなければ、素直に楽しめる作品でした。お話としてはよくあるタイプの王道モノで、もう予想通りにコトが運んでいくわけですが、それでも胸キュン（古い&#8230;）を誘う意図がミエミエのセリフや行動・仕草がふんだんに使われていて飽きませんでした。思えば、キャラクターの小さな動きの工夫は宮崎駿氏の真骨頂とも言える部分で、その辺の「イズム」は後継者に受け継がれつつあるようなのを見てちょっと安心してみたり。この仕上がりの作品が、若い監督さんから出てくること自体に歓びを感じますねぇ。
ラスト近くの「○臓」がらみのセリフはちょっと「？？？」でしたが、それ以外にはあまり違和感を感じる部分のない、心地よい映画でした。そうそう、ハルさんにはどんな罰が待ってるんだろう、と思ってワクワクドキドキしてましたが、特に何もなかったですね。まぁ、彼女がいちばん「現実に近い」人間な気がするので、バチがあたるようならちょっと救われない気持ちになるかも知れませんね。
個人的満足度：★★★★☆
P.S
当方、ジブリ＆宮崎作品での好みで言えば&#8230;
1.未来少年コナン
2.ルパン３世　カリオストロの城
3.ナウシカ
4.ラピュタ
5.千と千尋
というわけで、基本的にスピード感と「軽さ」を感じられるアクションがメインになった作品が好きです。そんな人間のレビューということで。(^^;
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		<title>ザ・コーヴ</title>
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		<pubDate>Thu, 08 Jul 2010 11:02:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>マサル</dc:creator>
				<category><![CDATA[Cinema]]></category>
		<category><![CDATA[★４]]></category>

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		<description><![CDATA[
現在公開中のアメリカ映画、「ザ・コーヴ」（監督：ルイ・シホヨス）です。渋谷のシアター・イメージフォーラムで鑑賞しました。
上映中止騒動で話題になったこの映画、「もしかしたら、上映反対派の人たちがいるかなー」とか思っていたのですが、公開３日目の月曜日だったせいか、それっぽい人たちもおらず、ちょっと肩透かしな感じがしてしまいました。
そんな騒動もあったせいもあって、普段はなるべく事前情報ゼロで鑑賞に臨む私も、今回ばかりはイヤでもいろんな話が耳に入ってきてしまいました。その撮影方法には違法行為や、違法ではないまでも人道にもとる行為もあったであるとか、出てくるデータはねつ造されたものであるとか、女性が泣くシーンは完全なるヤラセであるとか&#8230;..。（一部、事後情報も混じっているかも）
そんな「問題点がありすぎる」映画であるということなので、少々身構えて「騙されないように」などと思いながら観ていたのですが、途中から「こりゃよく出来てるわ。とりあえず騙されて観ることにして、分析は帰ってからゆっくりしよう」ということにしてしまいました。実際、「1.5時間の映像作品として」は非常に面白く出来ているし、感情移入のさせ方も上手いと思いました。むしろ、ある目的を持った映像を作る際のお手本とも言えるんじゃないかな、と思います。
この映画では、「なぜイルカ漁が悪なのか」について、「あれでもかこれでもか方式」で理由になりそうなモノが怒濤のように挙げられてきます。主立ったものを列挙すると、

高度な知能を持っているイルカを殺すのは残酷だ
イルカの肉には高濃度の水銀が含まれている
日本の主張はウソだらけだ
国際捕鯨委員会（IWC）で日本は多数派工作を行っている
案内役のリック・オバリーの個人的体験（「わんぱくフリッパー」での行為への後悔）

あたりでしょうか。実際、1.の主張の直後に2.が来たりすると、かなり違和感があります。4.などは「手段」の問題であって、「なぜ悪なのか」とは違う問題ですし。しかし、5.を入れているのが、この映画の確信犯的というか、凄いところだと思いますね。実際には1.と同じ主張なんですが、映画の主人公とも言える人物の実存に関わる問題となると、（本来は関係ないはずなのに）なんだか感情移入してしまいそうになります。この辺は、論理のすり替えではあるのですが、上手いなぁ、などと感心してしまいました。
そしてラストにやってくる隠し撮り映像。これはさすがに「映像の力」を感じずにはおれません。「隠し撮りである」（＝事実である）という意識をそれまでにガッチリすり込まれた状態で、実際に多くはカメラが固定されていることが分かる映像を流され、かつそれがあんなに衝撃的なものだと、もう全ての理性を持っていかれそうになります。実際、私はあのようなイルカ漁が行われているとは知りませんでしたので、少々ショックでした。
まぁ、マグロ市場の映像をイルカの映像のすぐあとに持ってくるところとか、単なる「立ち入り禁止」の立て札を地元住民による隠ぺいのように見せるところとか、「そこまでやるか」とも思える恣意的な映像もてんこ盛りですが、とにかくこの映画の凄さ（というか厄介さ）は、「世界の問題を、（リックの）セカイの問題に置き換えた」という、リアル・セカイ系で描いてしまったところにあるように思いました。

さて、ここからは映画とは関係ナシに「イルカ漁の是非」について思ったことを。私のイルカ漁に関する意見はこの映画を観る前と後で変化はなく、「積極的に続ける理由がないなら止めたほうが良いのでは？」です。むろんイルカ漁があんなに凄まじいものとは知りませんでしたが、まぁ牛や豚やニワトリの屠殺場面だってそれなりに凄いものでしょうし、「イルカの可愛さ」や「殺し方の残虐さ」については、是非を判断する材料だとは思っていません。
日本がイルカ漁を続ける理由として挙げられているのは、

日本の伝統だから
 海洋生物のバランス的に、間引きしたほうが良いから
 重要な食料資源だから

あたりでしょうか。私としては、b.とc.が真実で、かつ「イルカの水銀汚染が問題ナシ」であるなら、イルカ漁は続けて良いと思っています。b.かつ「水銀汚染問題がある」なら、単に間引くだけにすれば良いだけかなと思います。
実際、日本ではb.はよくイルカ漁継続の理由として挙げられていて、私も7〜8年くらい前まではそれが完全な真実だと思っていたのですが、この辺のデータは研究機関ごとにかなりの差があってよく分からないのだ、とある動物学者に聞きました。この映画で挙げられているデータは信用できないとして、日本で巷間語られているデータもまた信用できるかと言えば、「？」マークがつきそうです。こういうデータって、「御用学者」さんがいるからよく分からないんですよね。昨年の鳩山前首相の25%削減発言のときも、その国民生活への影響として経産省の出したものと、国立環境研究所の出したものの差がものすごいことになっていましたし、携帯電話の電磁波の人体への影響なんかも、「無害」から「脳腫瘍のリスク50%増」まで、いろいろな結論が出されていて、ワケが分かりませんし。（まぁ、私は「よく分かってないなら、比較的安全なPHSを使っているわけですが）というわけで、これについては客観的には「よく分からない」としか素人には判断できなさそう、というのが現在の私の考えです。
あとはc.ですが、今現在ものすごい量のイルカ肉が流通しているなら、「突然やめると食料難になる（あるいは他の食料品の価格が上がる）」ということもあるでしょうが、そうでないなら論点は「美味であるかどうか（＝需要があるかどうか）」ですよね。ただ、イルカ料理って明確に分かって食べた経験がなくて、私にはよく分からないんですよね&#8230;。イルカはクジラの一種ということですから、小中学生のころに給食で食べた「クジラの竜田揚げ」とか、もしかしたらイルカだったのかも知れませんが..。（でもあまり美味しかった記憶はない）ミンククジラに関しては、ハリハリ鍋とか店によっては超絶に美味しいですし、今後もぜひ食べたいとは思うのですが、イルカは現時点ではそうでもないかな..という感じです。
ちなみにイルカの水銀汚染と人体への影響についても諸説あるようで、「天然由来の水銀の場合は無害」という意見もあって、これまたよく分かりません。でもまぁ、超絶美味ということでないなら、（他に食料がないなら別ですが）リスクを犯してまで食べなくても良いのでは？と思ってしまいます。
この映画の観賞後、ちょうど前を歩いていた人たちが「捕鯨反対を、感情論でしか主張できていない」と言っていました。確かにその通りと言える部分もあるんですけど、日本の反論もまた「他国にとやかく言われたくない」という感情による部分がメインなんじゃないか、と感じます。実際、「イルカ肉がなくなったら困る」という人もそれほど多くない気がしますし、やはり私にはイルカ漁を「積極的に続ける必要性」はあまり感じない、というのが現在のところです。
個人的満足度：★★★★☆
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		<title>BOX 袴田事件 命とは</title>
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		<pubDate>Mon, 28 Jun 2010 08:37:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>マサル</dc:creator>
				<category><![CDATA[Cinema]]></category>
		<category><![CDATA[★５]]></category>

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		<description><![CDATA[
現在公開中の邦画、「BOX 袴田事件 命とは」（監督：高橋伴明）です。ユーロスペースで鑑賞しました。
ずっと観たかった映画です。もう、鑑賞前から「たぶん、５つ★だろうな」と予感（というより確信）していました。そういう意味では、ややバイアスもかかっているかも知れません。この映画は、「フラットな見地で観ても絶賛する映画だ」と自信を持って言えますが、「もう少し出来が悪かったとしても、きっと５つ★にしただろう」という確信も同時にあります。
日本は犯罪検挙率が高く、それゆえ治安の良い国である、とよく言われています。が、その「犯罪検挙率の高さ」がどのようにして為されているのか、どんな犠牲のもとに達成されているのか、この作品はその暗部の一面をつまびらかにしています。警察・検察による「脚本作り」「作文ごっこ」と「拷問による自白強要」、「リーガル・コネクションと出世レース」（＝保身）のための判決という、昨今ようやく明らかになってきた日本の暗部（恥部）です。
もちろん、この映画は袴田死刑囚側にたって制作されていますから、やや一面的ではあります。袴田巌が「やったかやらなかったか」について、この映画は「やってない」ように描かれていますが、もちろん真実は分かりません。が、大切なことは、「やったというストーリーを警察・検察が考え、それに併せて自白をさせるように、身体的な苦痛を長期間にわたって与え続けた」という部分です。これによって、「真実を自白した」のか、「ねつ造されたストーリーを自白した」のかは、問題ではありません。さらには、マスコミをコントロールする警察・検察のやり方（リークの仕方、批判的な記事を書こうとする新聞社の押さえ方等）、「無罪判定を出すことがゆるされない裁判官の世界」、今現在ではない現実を、やや大げさに描いていると一歩引いて観る必要はあるにせよ、これを全国公開の映画で表現したということは、多いに評価されるべきだと思います。
「有罪率99%の国（※）」（＝犯罪を犯せばかならず制裁が与えられる国）という幻想は、私たちに大きな安心をもたらしてくれます。そのおかげで私たちは、深夜に出歩くことにも、電車で見ず知らずの人たち数百人と乗り合わせることにも、さしたる緊張感を味わわずにすんでいます。これは素晴らしい行政サービスです。が、その拠り所となっている数値が、どのように「作られて」いるのか、どのような犠牲のもとに成り立っているのか、私たちは少なくとも「知った上で」判断する必要があると思います。
死刑に賛成するのも良いでしょう。厳罰化を望むのも良いでしょう。しかしそれなら、「この国は、犯罪が起こったら、（真実であるか否かは別として）誰かが犯人『ということに』なってくれないといけない仕組みになって」いて、「自分がその当事者になる可能性もあること」を知り、かつその方々の犠牲の上に自分たちはノホホンと暮らしているのだ、ということを常に自覚しつつ生きていくくらいの覚悟が必要だと思います。もちろん、私にはとてもそんな度量はありませんが。
個人的満足度：★★★★★（そうそう、新井浩文の演技がスゴいです）
※（追記）
ちなみに「有罪率99%」が悪いとは思いません。それが「自白主義」の捜査によってもたらされていることが問題だと思います。「密室でとられた自白調書」が、「裁判所という公の場での証言」よりも圧倒的に重視されてしまうことが問題です。日本の犯罪捜査はそろそろ、「自白主義」から「証拠主義」に転換する必要があると思う、ということです。
その点で言えば、民主党のマニフェストから「取り調べの可視化」が抜け落ちたことは、本当に、本当に残念でなりません。
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		<title>戦場でワルツを</title>
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		<pubDate>Sat, 12 Jun 2010 06:48:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>マサル</dc:creator>
				<category><![CDATA[Cinema]]></category>
		<category><![CDATA[★４]]></category>

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		<description><![CDATA[
2008年のイスラエル映画、「戦場でワルツを」（監督：アリ・フォルマン）です。Blu-rayディスクで鑑賞しました。
この映画、第81回アカデミー賞の外国語映画賞部門で、前評判はもっとも高かったにも関わらず「おくりびと」に敗れたことでむしろ有名になった作品ではないでしょうか。実は私もそのクチです。昨年の公開時には「観たい！」と思いつつも、時期的に仕事が忙しく断念&#8230;というか、いつの間にか公開時期を過ぎてしまっていました&#8230;。
というわけで今回、Blu-ray版を購入してみたのですが&#8230;いや、まず驚いたのはその映像のクオリティでした。なんとなく、手書きのフィルム撮影モノを想像していたので、オールデジタル（ですよね？）であったことにも驚きましたし、しかしながら手書き風というか劇画風のキャラクター描画もものすごい「力強さ」を感じるものでした。
私が印象に残ったのは、主人公が深夜に兵士の死体を乗せたクルマを走らせ、ヘリやトラックの集まる処理場に死体を運ぶことを命じられたシーンの一部でした。実際にヘリ（トラックだったかも）に死体を運び込むとき、タラップを流れる血液の描写だけが、他の映像と違っていきなり立体感と光沢感と質感、つまりはリアリティのある描画で、それを観たときにブルッと震えるような感覚に襲われました。「あぁ、記憶の中に残るリアルというのは、確かにこういうものだな」と感じられた瞬間でした。
それにしても、「おくりびと」と比べてもこの作品のほうが、（ジャンルが違うので単純に善し悪しの比較はしづらいのですが）「アカデミー賞作品っぽい」なぁと私のようなシロウトでも感じますねぇ。やはり政治色が、それもアカデミー会員が触れて欲しくないと考えられる話題での政治色が強すぎた、ということでしょうか。だとしたら、「アカデミー賞も小せぇなぁ」などと思ってしましますね&#8230;。
個人的満足度：★★★★☆
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		<title>鉄男</title>
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		<pubDate>Thu, 10 Jun 2010 15:30:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>マサル</dc:creator>
				<category><![CDATA[Cinema]]></category>
		<category><![CDATA[★２]]></category>

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現在公開中の邦画、「鉄男」（監督：塚本晋也）です。渋谷のシネマライズで鑑賞しました。
この映画、シリーズものというかセルフリメイクというか&#8230;まぁ、塚本監督のライフワークみたいな作品なんですね。私は以前の作品を観ていないので、「いきなり観て分かるんかいな」という心配はあったのですが、それは杞憂でした。というよりも、３作品とも、「肉体が鉄になっていってしまう男の話」であるという共通点はあるものの、関連はないようでして..。なぜ塚本監督が「肉体が鉄になる」なんてことにそこまで拘るのか、何か幼少期にトラウマになるような出来事でもあったのか、その辺のほうが気になります。(^^;
吉祥寺バウスシアターの「爆音映画際」でも上映されたというこの映画ですが、シネマライズでも十分に爆音でした。ええ、爆音が似合う映画でしたね。むしろ爆音でないと価値が出ない映画、と言えるかも。
もう完全な「勢い押し」の映画で、細かいツッコミなど勢いで押し流してしまえ！とでも言わんばかりの勢いで映像・音・テンポが「これでもか！」と怒濤のごとく体中に浴びせられます。なんか、ハードロックのバンドのPVでも観てるような感じでした。
というわけで、最初の２０分くらいはそのめくるめく映像にシビレていたのですが&#8230;すぐに飽きちゃいました。この映画、70分と短めなんですが、私としては30分くらいで十分かな、という感じです。実際、途中は爆音にもかかわらず大分眠くなりましたし。それでも塚本監督扮する敵の正体でも分かるのかな、と思って頑張って起きていたのですが、結局特に何も分からず&#8230;。うーん、この映画の良さが分かるセンスを私は持ち合わせていなかったようです。
でもまぁ、１つ言えるのは自宅で見てもまーーーったく面白くなかっただろう、ということですかね。映画館で観てこそ価値のでる映画、とは言えると思いますんで、興味のある方はやってる間にどうぞ。
個人的満足度：★★☆☆☆
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		<title>あの夏の子供たち</title>
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		<pubDate>Thu, 10 Jun 2010 07:51:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>マサル</dc:creator>
				<category><![CDATA[Cinema]]></category>
		<category><![CDATA[★２]]></category>

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現在公開中のフランス映画、「あの夏の子供たち」（監督：ミア・ハンセン＝ラヴ）です。恵比寿ガーデンシネマで鑑賞しました。
「父の自殺を乗り越える家族の物語」と聞いて、「ちょっと観たい」と思った映画です。でもまぁ、これが渋谷とか新宿まで出なくては観れないのなら、ちょっと迷ったかも知れませんが、家からも職場からも徒歩５分という「ご近所」の映画館、恵比寿ガーデンシネマでやっているのを知り、「じゃあ、行くか」という感じで行ってみた次第です。
が&#8230;しかし&#8230;、強烈な眠気に負けてしまい、後半は寝たり起きたりの繰り返しになってしまいました。別に睡眠不足でもなかったのですが&#8230;..こういう、「時間がゆっくり流れる」タイプの映画は、私には観る能力が不足していて無理であるようです。前半、父親が自殺するまでは、「さて、いつ自殺するのだろう、wktk」みたいな感じ（悪趣味だなぁ、われながら）で頑張って観ていたのですが&#8230;。後半、急転直下で物事が動き始めるのかと思ったら、それがなかなか&#8230;。終盤は連れによるといろいろとあったようですが、私は完全に意識を失っていて全く分からず。
そもそも私には、父親の苦悩が「自殺するほどのもの」という感じが伝わってこず、「あれ？この人が自殺するん&#8230;だよ&#8230;ね？」と思ってしまったほど。それゆえ突然の自殺シーンはやや衝撃的だったけれど、「さぁ、これからどうなるんだろう」と手ぐすねをひいていた私には、その後の展開はノロすぎでした&#8230;。
この映画を私があまり楽しめなかった理由は、２つある気がします。
１つ目は、私の実存の問題。父親との関係が決して良好とは言えないものであった私には、この映画の前半で描かれるような「よき父親」像にリアリティを感じられず、むしろ「うわぁ、このお父さん、大変だな」と思ってしまう始末。なんというか、日本人が米国のドラマに描かれる家族像を「良い家族、目指すべき幸せ」として模することに奔走した時代の「ツラさ」ばかりを感じてしまいました。そんなわけで、その後の家族の悲しみも、ちょっと実感を持てず&#8230;。
２つ目は、音楽。いえ、主題歌でもある「ケ・セラ・セラ」だけでなく、劇中の音楽も心地よいものだったんです。でも、一般の映画音楽って、観客の気分をブースト（増幅）する効果を狙っているものだと思うのです。哀しいシーンをより哀しく、楽しいシーンをより楽しく、それぞれ倍化させる効果がある、と。それは、観客に不足している（未熟な）感受性を補うという要素もあって、私なんかはまんまとソレにいつも「乗せられている」んですよね。逆にいえば、「音楽にブーストしてもらわないと、感情が大きくは動かない」病になっているのかも、とも思ったり。そんなわけで、この作品のように、音楽によって「観客の気分をコントロールしよう」という意思を持たない監督による映画になると、「どういう気分になれば良いのか分からない」のかも知れないな、と自己分析してみました。いや冷静に書いてますが、この分析が正しいとすれば、これは怖い＆本当に哀しいことなのですが。
いずれにせよ、こういう映画を楽しめるようになるには、自分自身の変化（能力の向上と、趣向の変化）が必須のようです&#8230;。
個人的満足度：★★☆☆☆
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		<title>告白</title>
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		<pubDate>Mon, 07 Jun 2010 00:43:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>マサル</dc:creator>
				<category><![CDATA[Cinema]]></category>
		<category><![CDATA[★５]]></category>

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		<description><![CDATA[
現在公開中の邦画、「告白」（監督：中島哲也）です。TOHOシネマズ六本木ヒルズのシアター６で観賞しました。
「にわか映画ファン」の私には、非常に新鮮に感じられる作品でした。「え？いきなりクライマックスか？」と面食らってしまう冒頭シーン。各登場人物の「告白」という形式で進んでゆく物語の展開。そして映像と同じくらいの表現力を持つ「語り」。これらすべてが新鮮で、上映時間中はずっと映画に引き込まれてしまいました。
が、この映画の凄いところは、そんな表層的なものではないと直感しています。以下、飽くまでも現時点での考えってことで。
この映画では「意思の二重構造」に対する「耐性あるいは鈍感さ」の有無が登場人物の運命を分けているように思えます。そして、「我々が懸命であるためには、どうあるべきなのか」という問いを投げ掛けている、と。
人が「あなたのために」と言う場合、それは全て「自分のため」であることに反論はないでしょう。「あなたに（幸せになって欲しい、生きて欲しい）」はすなわち、「と、自分が願う」からなのですから。そこには必ず欺瞞（ウソ）があります。しかし、多くの人は思春期にそのことに気付き、オトナたち（主に親や教師）のウソを許せるようになります。いや、許せるというよりは「自分もそうなのだから仕方がない」と思えるようになる、といったほうが正しいのかも。

この映画に登場する、悲劇的な事件を起こすのは、「意思の二重構造」に成育環境の問題から「気付き遅れた」者たち。その遅れは、「耐性のなさ」と「鈍感さ」のいずれかの症状となって現れます。
すなわち、耐性のなさから、二重構造に気付くと深手を負い、自己防衛のみに必死になってしまう（ことにすら気付かない）、少年Aと少年B。鈍感さから、他者を意図せず攻撃し追い込んでしまう、ウェルテルと少年Bの母親。
この映画の素晴らしいところは、少年の「耐性のなさ」を生むのが、「オトナの鈍感さ」であることをしっかり描いている点だと思います。特に熱血先生ウェルテルを「狂気」と描いたことは、観客の中にいるかも知れない鈍感なオトナに、彼らの「もっともらしさ」に疑念をもってもらうきっかけになる&#8230;かも知れないと思いました。（が、ここでも「全体像が見えない人に、全体が見えてないよと指摘することの難しさ」問題がある気も&#8230;）
個人的満足度：★★★★★
宮台真司による映画『告白』分析
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