banner  吉川マサルと申します。Webサイト算数にチャレンジ!!を1996年から続けています。東京・恵比寿で小さな塾ARENAを運営しています。当ブログには主に洋服・映画等について書く予定。More...
3月
24th

国道20号線

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★4

 2007年公開の邦画、「国道20号線」(富田克也監督)です。今村亮さん企画のイベント「攻めてる?」での上映会で観賞しました。

 この作品、社会学者の宮台真司が2007年ベスト映画という評価をしていることもあって、以前から観たかったのですが、渋谷アップリンクで行われている月例上映会が土曜日開催で行くことが(仕事で)ほぼ不可能で悔しい思いをしていた作品です。今回はイベント上映ということで、監督の富田克也さんと脚本を書かれた相澤虎之介さんとお話も出来るということで、wktkしながら参加してきました。

 会場は、いつもは21:30に開店するというバーを貸し切り、普段はジャズ等の演奏が行われているであろうスペースに手作りのスクリーンに家庭用プロジェクターという簡易なもの。最初は、「うわ、ちゃんと観れるのかな」と思いましたが、実際に観賞してみると、むしろシネコンのようなところで観るよりもこの映画には合っている気さえしました。上映会後に行われたトークライブやその後の懇親会もややアツめに語ることが出来、大変楽しく過ごさせていただきました。(政権交替についての話には、キツめのツッコミを入れてしまいました。私としては、一般に今の政治に不満を持っている方が、「何に」不満なのかを純粋に知りたかっただけなのですが..。スミマセンでした..。)主催者の今村さんに感謝!です。

 さてこの映画ですが、自主制作映画ということで、役者さんも監督の幼なじみの方ばかりで、プロの俳優は1人も出演しておらず、さらに撮影スタッフは監督・脚本家も方も含めて4人という、まさに「手作りの映画」です。物語は…と言えるほどのストーリーはなく、ある若者夫婦の生態を徹底的に描きます。パチンコ店、消費者金融のATM、(パチンコで勝ったら)ドンキ・ホーテ、(チェーン店の)焼き肉屋・・・。小さな稼ぎをすべて奪っていく、システム化されたスパイラル・ワールド。それにハマっている若者を見つけ、「そのお金を自分のところに」とばかりにウマい話を持ちかけるヤミ金融の経営者。結局、システムの構築者側のもとには永久機関のようにお金が集まり続け、システムの内側にいる人々はいつまでたってもそのスパイラルから抜け出せない…。

 私自身、学生時代に同じような生活をしていたこともあって、登場人物の行動パターンは妙に納得できるものでした。パチスロで負けてカードでお金を借りまくっていたこともあるし、学生ローンに行ったこともあります。でもあの頃は、それが妙に楽しかったことをよく覚えています。「その日、朝イチで読みが当たるかどうか」でその日の食事の質(場合によっては「食う/食えない」)が決まる生活はスリリングでした。思えばあの頃、自分が「システムの内側」にいることに薄々気づきながらも、そのことを直視はしていませんでした。この映画の途中、ヤミ金に勤める小澤が、返済が滞りがちな客にも強い追い込みをかけないことに疑問を呈してきた部下に、「あいつツブしてもしょうがないだろ。生かさず殺さず、長くつきあっていくんだよ」みたいなことを言う場面があります。これがシステムの外側にいる人間のセリフなんですね。人は、「システムの内側にいること」に気づいてしまったら、そのことに自覚的でいながら生きて行くことは難しい。そしてそのセリフを吐く小澤も、もっと大きなシステムの内側にいることに気づかない…。

 とまぁ、私には「自分がちょっと近くまで行った世界」を描いた作品であったこともあって興味深く集中して鑑賞することが出来ましたが、正直に言うとこれは一般人にはなかなか伝わらないだろうなーという気はしました。監督自身が「映画的カタルシスは描きたくない、泣かせたくもない」と言っていましたが、つまりこの映画は観客に何も提示しません。単に「お前たち、システムの内側にいるんじゃないの?」と問題提起してくるだけ。「現状を教えてやるから、あとは自分で選択しろ」と。しかし、複雑化した社会の中でシステムの内側に入らないことは非常に難しくて、そこから逃れようとすると「イントゥ・ザ・ワイルド」の主人公のようになってしまいます。要は、そのことに自覚的でありながら、自分にとってより良い(外側にいる連中にやすやすと甘い汁を吸わせない)選択をしてシステムを利用しつつ生きて行くという「強度」を身につけるしかないわけで、それに耐えうる人はどれほどいるのだろうという気がしてしまいました。この辺、ホントは監督に疑問を叩き付けてみれば良かったと思うのですが、観賞後はなんだか考えがまとまらなくて、うまくコトバにする自信がなくて、機会を失ってしまいました..。

 冒頭でリンクした宮台の文章では、この映画をベタ褒めしていて、例えば、

第一は、主人公の男と同棲する女が部屋の中で着替えるシーンのバックショット。女の重量感のある半ケツが映る。その瞬間、私は「ああ、この人(監督や脚本家)は〈世界〉を知っている」と直感する。 

というもの。あるいは、

中盤に差し掛かるあたりで、昼下がりのドンキホーテ前、駐車場に駐めたワンボックスのデッキで、女が主人公の男を待つ一瞬のシーン。目の前を家族連れが通るたった三秒間のシーンである。 その瞬間「あの時間」が訪れる。女の結婚願望を示唆する説明的シーンだと受けとめる向きもあろう。違うのだ。そこだけトーンが違う。違った時間が流れる。人間関係でなく、摂理の時間。叙情ならざる叙事の時間。「時間は誰のためにも流れていない」と確信する瞬間。 

とも。でも、私には残念ながら宮台と同じ眼は備わっていませんでした。リアリティを感じさせるシーンだとは思ったけれども、上記のような「あの時間」的感覚はありませんでした。どうやら、宮台的に言えば私は「<世界>を知らない」者のようです…。orz

ただ、こちらの言葉には大いに共感できました。

『国道20号線』には古き良き時代がある。まだ地元の不良少年たちがつるむことができた時代。それも地域のヤクザな大人たちにケツ持ちしてもらえた時代。だから、映画が酷薄な現実を描いていながらも、私には、「パラダイス感」や「居場所感」が感じられるのである。 

そう、この映画で描かれる仲間意識や、空間的・時間的つながりと連続性のある人間関係。私はこの映画から悲惨さというよりも暖かさとか懐かしさを感じてしまったのでした。

 そして昨日のイベントが開催されたお店。いかにも時間的・空間的・地域的なつながりや連続性のある人間関係(客と店員の関係)が築けそうなたたずまいとお店の方。マニュアル重視のマクドナルド・コンビニ的サービスとは対極をなす温度と積み重ねを感じさせる人間関係。「国道20号線」を上映するには、渋谷アップリンクよりもむしろ上質なフィット感が得られる「劇場」だったように思います。

 

個人的満足度:★★★★☆(イベント全体とお店の雰囲気とで★プラス1個しちゃった感じかも)

 

(3/24追記)

 しかし、この作品を「2007年ベスト」とした宮台氏って、(著書では幸せそうですけど)本当に幸せなのかなぁと思ってしまいます。

 「虐げられていた者が逆転して成り上がる」装置によってカタルシスを与える映画、「愛でられている者が死ぬ」装置によって泣かせる映画、「大きな物語を描く」ことによって前近代的な夢を与える映画、「小さな物語を描く」ことによって日常的な共感を呼び覚ますポストモダン的な映画、こういった分類に収まってしまう映画は、確かにアタマの中で「あぁ、このパターンか」と思った瞬間に冷めてしまう面はあるけれど、「それはそれとして」楽しむこともできると思うのですが。ま、映画を何千本も観ると、それもうんざりしてくるのかも知れません。だとすれば私がこのまま映画を観続ける先にあるものは…うーん。

 思うに、宮台氏は社会学者ゆえに(あるいはその前の段階からその素養があったがゆえに)常に「システムの外側」からモノを観ようとする習性が高度に完成されすぎているのではないでしょうか。私なんかは、映画鑑賞中に「システムの外側からの風景」がチラっと見えてしまったような気がしたときにも、それには一旦目をつぶって内側にとどまるようにしていたりするのですが。まぁ、私がいると思っている「外側」なんて、宮台氏から観れば「ずっと内側のほう」なんでしょうけれど。(^^;

Popularity: 5%


3月
20th

ワルキューレ

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★4

現在公開中のアメリカ映画、「ワルキューレ」(ブライアン・シンガー監督)です。TOHOシネマズ六本木シアター7で観賞しました。

かなり有名な話で恐縮ですが、2000年と2005年に行われた「もし戦争が起こったら戦うか」というアンケートのデータで、日本は世界で最も「戦う」と答える割合が異様に低い国であることが分かっています。実は私自身も正直な感情で言えば、「自分(と家族、友人たち)だけでも逃げたい」です。「日本人であること」のアイデンティティは保有する国土にあり、それを失うことは日本人でなくなることを意味する…と理屈では分かっているつもりですし、世界の歴史を見れば、民族として生き残るには国土を守ることが絶対条件だ…などということはアタマでは分かっています。しかし、国土・郷土を守るために命をかけるという感情・選択は、平和ボケした私にはなかなか共感できないものがあります。もちろん、戦争とはどんなものかを知らずに「断固戦うべし」と噴き上がるのも平和ボケだとは思いますが。

この映画では、ドイツ民族のために命をかけて信念を突き通そうとする主人公(トム・クルーズ演じるシュタウフェンベルク大佐)と、その周囲で「勝つほうに付こう」と保身を優先してしまう多くの人たちが描かれます。私が感じたのは、「自分がその場にいたら、やはり保身を優先してしまうだろう」という思いと、そういう自分のヘタレっぷりへの嫌悪感でした。映画を見ていてムカムカする、しかしそこにいるのは自分の投影された姿…。上映時間の終盤は、そんな思いが交錯してなかなか画面に集中できませんでした….。

シュタウフェンベルク大佐は、ヒトラーの暗殺を企てる集団に加わったとき、この集団が暗殺後のドイツの構想を持たないことに失望します。「ヒトラーを暗殺しさえすれば何とかなるだろう」などという、まさに感情の浄化(カタルシス)が目的となってしまった老人たちに辟易とするのです。(このあたり、セリフを見逃してしまったり覚えていなかったりするのですが….orz)「あなた方は自分たちのことばかり考え、ドイツのことを考えていない。」と。もう、このセリフは「日本の国のことを考えているフリをしつつ実際には戦うことの想像も出来ず、保身を第一に考えている」私に突き刺さるようでした。そんなわけで、私にとっては「触れて欲しくないところにツッコミを入れられた」感じがして、かなりツラいな2時間でした。

とまぁ、個人的にはいろいろと考えさせられる良い映画だったのですが、まぁ一般ウケはしないかなという気はします。基本的に失敗する作戦の話ですし、不運な部分もかなりあります。私としては、シュタウフェンベルク大佐の国や民族を愛する心をもうちょっと強く表現してくれたら、まだ救われたのになぁ…と思ったりしました。

個人的満足度:★★★★☆(「一個人が国家にどう関わるべきか」について、理屈と感情に乖離のある人には、ツラいけれどオススメかな)

Popularity: 40%


3月
19th

once ダブリンの街角で

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★4

 2007年のアイルランド映画、「once ダブリンの街角で」です。WOWOWで放送されたものを録画して観賞しました。

 最近、自分の好きな映画のラインナップを考えてみて、「実は私は映画を観るとき、音楽をかなり重視しているんじゃないか」と思ったりしています。ヘアスプレードリームガールズ、シャイン・ア・ライト(あ、記事書いてなかった..)といった音楽が主役の映画はともかくとして、他にもニューシネマ・パラダイスゴッドファーザー、そしてあのダークナイトも…。気に入った映画に関しては、サントラ購入率も高いですし。

 で、この映画なんですが、アイルランドのダブリンで、若い男女が出会い、音楽を通して分かりあってゆく..一言で言えばそういう作品なのですが、なぜか心に残る映画でした。映像も音楽も手作り感にあふれていて(ハンディカムで撮影されているらしいので当然ですが)、なにか暖かい感じがします。そして何といっても音楽。作中で何度も繰り返し流れる曲は、物語の中で主人公たちがスタジオを借りてデモテープを作りあげていくものなのですが、ちょうど物語における2人の男女の関係を表しているようなメロディで、映像と妙にシンクロしていて心に残りました。ええ、もちろん買ってしまいましたとも。(iTunes Music Storeで、ですが)

 途中、だんだんと2人が男女を意識し始めるシーンや、しかし一緒になることは出来ないことを悟るシーン、それでも2人の時間を楽しく過ごすシーン、あっけないとも言える別れのシーン(しかしそれが良い)..いずれも「あぁ、確かに自分もこう振る舞うだろうな」と思えるもので、そういう意味では、単に「共感しただけ」ではあります。ただ、「男女関係なんて、実はタイミングと環境によるものが大きくて、そこに大きな物語などない。ただ淡々とonceな物語が繰り返し生産されているだけ」という、虚しさのようなもの表現がされつつも、しかし「いいじゃないか、小さな物語をそのときどきで味わえば」という訴えが感じらて、先日観てずっといろいろと考えていた「レボリューショナリー・ロード」と対照的な(あちらは存在しない「大きな物語」を追いかける物語なので)作品だなと感じました。

 

個人的満足度:★★★★☆(音楽で★1つプラスという感じかも)

Popularity: 6%


3月
17th

ジェネラル・ルージュの凱旋

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★4

現在公開中の邦画、「ジェネラル・ルージュの凱旋」(中村義洋監督)です。TOHOシネマズ六本木シアター2で観賞しました。

感想ですが….ええ、たいへん「楽しむ」ことが出来ました。2時間きっちり「楽しませてくれた」という感じです。タルい時間帯とか、いろいろと考える時間帯はほとんどありません。なんというか、高視聴率をとれるTVドラマのような作りだったという気がします。

まず、堺雅人さんは相変わらずイイです。この作品では、むしろ完全に「主役」ですね。この映画の白眉は「全てが明らかになる会議のシーン」だと思うのですが、そこでの彼の話しっぷりはもう迫力満点で、スカっとすること請け合いです。ただし、「こんな先生、ホントにいるの?」というくらいに演技がかってます(演技だから当たり前ですが)ので、リアリティという意味では?ですが。あとは竹内結子のぽーっとした先生の演技や、阿部寛&野際陽子のTRICKコンビによるボケもなかなか楽しめました。原作は竹内結子の役どころが男性なんだそうで、原作ファンからはその辺も含め、ストーリーもいろいろといじっていることに(特に前作の「チーム・バチスタの栄光」において)不満が多いようですけど、原作を未読の私としては、これはこれで楽しめました。

この作品、私は好きです。その理由は、原作者の海堂尊さんに確固たる「目的」があって、その「手段」として小説なり映画なりがあることが明確に伝わってくる(気がした)からです。原作者の意図が「医療現場の現状を広く伝え、それによって改善に向けた動きが起こることを期待しよう」ということであるならば、その手段としてこの映画を利用したということなら、まさに意図通りと言えるような気がします。(知人の医師によると、多少誇張はあるけれど、少なくとも現場を良く知っている人の作品であることはすぐに分かる、とのことです)この辺は、先日観たばかりの「それでもボクはやってない」と共通の「意思」を感じます。

まず、原作との差異についていろいろと言われているようですが、これについては「原作のほうが良かったか否か」については原作を未読の私には語れません。が、例えば「田口さんを女性にすること」について、それが「彼女を起用することによって多くの観客を動員しよう」という目的であれば、多いにアリだと思います。(その目的が成功しているか否かはともかく)「より多くの人に救急医療現場の現状を伝える」という目的が主人公の性別の変更「程度」で達成できるのであれば、原作者は二つ返事でOKするだろう、と。

またTBSと組むことによって起用する役者も派手なメンバーになるだろうし、「あとでTVでうまく放送できるように」ということで尺も制限されるだろうし、その際の視聴率も考えると、映画館と違ってケータイだとか裏番組だとかといった誘惑要因があってもチャンネルを変えないように、少々見逃ししても大丈夫なような分かりやすい作り(伏線部分を多少見逃しても、あるいは忘れても大きな問題はない作り)にせざるをえないということもあるでしょう。でも、それによって「より多くの観客に観てもらう」ことと「TVでも観てもらう」ことによって、原作者の「目的」はより高度に達成できるわけで、そういう点からも、この原作者および監督は、「カタルシスとソリューション」を明確に区別して価値判断が出来ているのだろうと思いました。(大いなる目的のために、悪魔と手を組むという行動に拍手したい、といったところでしょうか)

とりあえず、「チーム・バチスタの栄光」をまだ観ていないので、WOWOWでの放送かBlu-ray版の発売が楽しみです。

個人的満足度:★★★★☆

Popularity: 40%


3月
14th

それでもボクはやってない

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★5

 2007年に公開された周防正行監督作品、「それでもボクはやってない」です。日本映画専門チャンネルで放送されたものを録画して観賞しました。

 スゴイ作品でした。ストーリーは、「痴漢冤罪で逮捕された主人公とその周辺が、無罪を勝ち取らんと奮闘する」という単純なものなのですが、それでも観賞開始直後から一気に作品に引き込まれ、あっという間に2時間半が過ぎてしまいました。その理由は、圧倒的にリアリティを感じやすいということでしょうか。まず、痴漢冤罪というテーマ。誰もがこの映画の主人公のような目に遭う可能性があるわけで、「もし自分だったら」と考えずにはおれません。そして警察や検察、鉄道職員の態度と行動。「そりゃないだろう」とムカつきながらも、でも痴漢容疑で捕まった人が否認したとして、自分ならその言葉を信じるだろうか、途中で左遷されてしまう裁判官のようになれるだろうか、と思うと複雑な気持ちになります。いずれにせよ、痴漢冤罪の現状をほぼ事実に基づいて克明に再現しており(らしい)、世間一般に問題提起するという点でも、司法へのロビー活動的意義という点でも非常に意味のある作品だと思います。

 ある(ちょっと遠い)知り合いの弁護士は、「痴漢に間違われたらどうするべきか」という問いに対して、現状で最も有効な(期待値の高い)行動としては、「走って逃げること」と明言しています。この作品でも述べられていますが、検察による起訴が行われた場合の有罪率は99.9%、つまりほぼ確実に有罪です。「実際にやっていないこと」を証明するという途方もなく難しいことを求められる上に、「無罪を多く出す裁判官は出世できない」という現状から、その証明をしても有罪になるケースがほとんどとのことで、そうなると一個人がとるべき防衛策としては、「逃げること」ということになってしまうのでしょう。私は知識としてだけそれを知っていましたが、この映画をみて「なぜ逃げる以外に方法がないのか」が非常によく分かりました。

 ある社会問題を解決するときに「じゃあ、刑事罰を」という単純な方法しか考えない傾向が日本にはあると最近よく感じます。でも、この映画で表現されている通り、痴漢を減らそうという目的に対して、刑法とその乱用は「見せしめ」という効果によって一定の成果を上げるでしょうけれど、その裏で少なからぬ冤罪被害者(=社会的地位を一気に奪われる)を生むわけで、「トータルの痴漢数を減らす目的のために、何人かの無実の男性の人生を奪うことは果たして公平であるか」ということを考えれば、これが正しい解決法ではないことは誰にでも分かる話です。法律で取り締まるというのは、問題解決の手段の1つに過ぎず、しかも強大な力を持ちうるが故に、その他の社会バランスを崩してしまう可能性もあってなわけですね。むしろ、厳罰化とか適用の厳格化というのは、安易なカタルシスに走る「逃げ」とも言えるかも知れない、観賞後にそんなことを感じました。

 

個人的満足度:★★★★★

Popularity: 6%


3月
12th

ルート225

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★3

 2006年公開の邦画、「ルート225」(監督:中村義洋)です。日本映画専門チャンネルで放送されたものを録画して観賞しました。

 中村義洋監督作品はこれまでに、「ジャージの2人」「アヒルと鴨のコインロッカー」の2作品を観ているのですが、いずれも登場人物を丁寧にしっかりと描写した佳作、というのが私の大ざっぱなイメージでした。(もちろん全然違う話なんだけど)現在は「ジェネラル・ルージュの凱旋」が公開中ですね。今晩にでもレイトショーで観ようかなと思っています。

 さて「ルート225」ですが….私にとってはなんだか感想を述べるのが難しい作品です。1つ言えるのは、主演の多部未華子の魅力が非常に大きく作品に寄与しているというか、もしかするとソレに助けられている言ってもよいかもしれない作品だ、ということでしょうか。ある日突然、「別世界らしきところ」に迷い込んでしまう2人。「もしそうなったとして、あんなにすぐに状況が把握できるか?」とか、いろいろと思うところはあるものの、「そこそこの」緊張感およびその後の展開への期待感をキープさせつつ終盤に進む..そんな感じでした。しかし、その間のツンデレお姉さんを演じる多部未華子がイイ!です。顔つきも表情によってはちょっと意地悪そうな感じで、最初の登場シーンでは、「え?この娘がヒロインなの?」とか思ってしまいましたけど、それがまた役にハマっている感じでした。そして「静かな衝撃」という感じのラスト。安直なカタルシスを与える終わり方じゃなくて良かったです。ラストの持っていき方によっては、全てがぶち壊しになってしまう作品だけに、この辺は上手いなぁと思いました。

 

個人的満足度:★★★☆☆(「フィッシュストーリー」も観なくては!)

Popularity: 3%


3月
9th

パルプ・フィクション

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★4

 1994年公開のアメリカ映画、「パルプ・フィクション」です。クエンティン・タランティーノ監督の代表作で、アカデミー脚本賞受賞作品です。WOWOWで放送されたものを録画して鑑賞しました。超有名作品ですが、初鑑賞です。

 実は2晩連続で観てしまいました。理由は2つ。1回目はなんだかよく分からないところがあったことと、にも関わらず何故か画面には引きつけられてしまったこと、です。構成やストーリーがよくわからない映画は、大抵は眠くなったり「ワケわかんないからいいや」という風になりがちなのですが、この作品はそれでもずっと画面に見入り、セリフに聞き入ってしまいました。なんというか、「イカす」感じというのでしょうか。非常に不思議な感じでした。2回目の鑑賞のときには、1回目に分からなかった部分も分かってきてかなり楽しめました。ただし、ストーリーがというよりもやっぱり「雰囲気がイカす」という感じです。ただ、変化した部分もあります。有名なジョン・トラボルタのダンスのシーンは、1回目はなんとも思わなかったのに、2回目はなんだか可笑しくて部屋で1人で笑ってしまいました。あれは「ダンスが上手い」っていうんでしょうか?なんだか妙に脱力している感じが心地よく楽しかったです。

 他にも「こりゃあ、イカすなぁ」というシーンがたくさんあって、冒頭のカップルが相談しているシーン、ジュールズとビンセントが足のマッサージについて議論するシーン、ジュールスが聖書の一節を唱えるシーン、どう見ても合成感があふれるクルマの中のシーン、ブッチが数ある武器から日本刀を選ぶシーン…もうイカすシーンがてんこもりでした。本格的に何回も観るというよりも、iPodに取り込んでいつでも観れるようにして音楽を聴くようにして「あ、あのシーンが観たい」と思ったときに観る、そんな風にしてみたいなぁと思いました。

 

個人的満足度:★★★★☆

Popularity: 3%


3月
8th

幸せのちから

投稿者: マサル | Files under Blu-ray, Cinema, ★3

 ウィル・スミス主演の2006年アメリカ映画、「幸せのちから」です。Blu-rayディスクをTSUTAYAでレンタルして観賞しました。ってうか、TSUTAYA(私が行ったのは恵比寿ガーデンプレイス店)のBlu-rayの品揃えの良さにびっくりしました。これまでの「Amazonでポチりまくり生活」を改めようかな…とか思ってしまいました。

 さて、この作品は昨日コメント欄でmargielamarniさんにオススメ(?)いただいたことをきっかけに(ありがとうございました!)予備知識ゼロで観たのですが、まぁなかなか楽しめました。何かとうまくいかず、所持金も少なすぎて貧困にあえぐ主人公、クリスが数々の苦難を乗り越えてやがて成功していく..という「よくある話」だと思ったのですが、実はこれ、実話を元にした作品なんですね。印象に残ったのは地下鉄のトイレに息子と泊まることになったときの「タイムマシンごっこ」のシーン。ちょうどどん底状態になったころの親子のシーンなのですが、それでも前向きに生きよう、その時点でやれることをしよう、というクリスの考え方や姿勢が伝わってきた気がしました。

 「社会的に虐げられていた(少なくともうまくいってなかった)者が、努力の末に成功する」物語の疑似体験は基本的に楽しいもので、単純バカな私は大好きです。まぁ、「幸せの相対性」を利用したストーリーで、見終わった後にカタルシスが得られるんですよね。こういうのって、私が小中学生のころの「子ども向けアニメ番組」とかにありがちな「勧善懲悪モノ」と同じ仕組みで、少なくとも男の子にはウケる傾向にあるんじゃないでしょうか。

 ただし、当然そこには描くべき2つの要素があって、それは「どのように虐げられていたか」と「いかにして成功に至ったか」でないかと思います。その2つの要素がともにしっかりと描けていてこその「成り上がりモノ」かと思うのですが、この作品はどうも前者に偏りすぎている感があるように思いました。とにかく悪いタイミングでクリスに連続して不幸が起こるので、「いやここまで不運じゃなくても」とか思ってしまいます。しかし、最終的に「なぜ彼が成功しえたのか」については、ちょいと説得力に欠ける気がしました。受話器を置かない、水は飲まない、脈のありそうな客がいたら、自宅にまで行ってみる、そして息子を育てながらがんばった、といったところだけではちょっと物足りないかなぁ..。「結局、運が良かったのと、よくがんばったってことなのね」という感じで。

 この映画は、良い意味でも悪い意味でもネオリベ的思想を色濃く反映しているのは間違いないかと思います。公開も2006年ですし。能力があって努力もすれば、必ず成り上がれるという世界観。しかし一方で、クリスは言います。「トマス・ジェファーソンはなぜ幸せの『追求』だけを保証したのか。」と。まぁクリスは追求した結果、実際に幸せを得たわけですが、ネオリベ的発想による「小さな政府」によって、当時ああいう人たちがたくさん出現したこともまた事実なのでしょう。そして今まさに、「小さな政府」政策による犠牲者が続出している国が…。

 さてBlu-rayですので画質・音質を。人物描写が多い作品ですし、あまり期待していなかったのですが、予想していたよりは奇麗でした。Blu-ray作品としては標準的というところでしょうか。音質は、特に音楽やドンパチ音もない作品なのですが、少なくともセリフは聞き取りやすかった(でも英語は分からないのですがw)ですね。

 

 個人的満足度:★★★☆☆(なりあがる過程と理由をもうちょっと描いて欲しかったです)

Popularity: 3%


3月
5th

天然コケッコー

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★2

 2007年の邦画、「天然コケッコー」です。日本映画専門チャンネルで放送されたものを録画して鑑賞しました。監督は、山下敦弘とのことですが…すみません、知りません。(^^;

 観賞後に知ったのですが、この映画、いろんな賞(キネ旬ベストテン2位とかか、映芸ベストテン3位とか、あとは主演の夏帆が日本アカデミー賞新人俳優賞とか)を穫ってるんですね。で、夏帆は確かに「うわ、こんな娘がいたらいいなー」と思わせるに十分な容姿と演技ですけど、映画自体はそれほど..というのが私の感想でした。

 舞台はド田舎(小中学校あわせて全校生徒7人!)、東京からちょっとイケメンで訳ありの転校生がやってくるところから始まります。主人公の右田そよとその転校生は、最初ちょっと気まずい雰囲気になるものの、さまざまな事件を通してだんだん仲良くなって…という、まぁ王道パターンの作品です。

 さて、「恋愛ドラマ」としてこの作品を観るなら、ちょっと胸キュンで悪くないです。「あぁ、こういう中学生活を送れたら…」と思えますし、何と言っても夏帆がド田舎娘をなりきりで演技してくれてます。つい余計なことを口走っちゃうあたりがなんともたまりません。各賞を穫ったのも頷けます。

 が、その反面、田舎の生活の描き方は、「大半の問題点はすべてなかったことにして、美しく良いところだけを描く」という「ALWAYS 三丁目の夕日」的な手法で、まぁ観ていて気持ちいいんですけど、「いや現実にこんなに良いもんじゃないだろ」という思いが脳裏をかすめたりしつつの観賞となりました。なんというか、「都会から観光や体験ツアーで来た人の目線」で描かれている感じでしょうか。この辺は、実際に幼少のころに田舎(この映画ほどではないけれど、近いものはあると思う)で過ごし、現在も親戚が「全校生徒10名」くらいの学校に通っているという、私の「田舎リテラシー」の高さゆえの感覚だと思いますが。

 ちょっと話はそれますが、この「○○リテラシー」の高低による映画(に限らず、サブカルチャーの感じ方全般について)の「捉え方」の違いというのは、かなり大きいような気がしています。例えば私は(恥ずかしながら)恋愛リテラシーは、平均よりも高くないと思うのですが、そうであるがゆえにベタでありえなさそうな恋愛モノにも胸キュンしてしまうことがあったりします。時系列的にも、若い頃なら胸キュンだったストーリーに、今は「なんだそりゃ」となることもあります。(まぁ多少はリテラシーが向上してるってことでw)そうであるなら、映画の観方・捉え方の違いというのは、映画をたくさん観た/観ていないに依存するのではなく、社会生活におけるリテラシーの高低に依存するのかなぁ、などとこの作品を観て感じてしまいました。

 

個人的満足度:★★☆☆☆(悪くはないです、悪くは…)

Popularity: 9%


3月
4th

バブルへGO! タイムマシンはドラム式

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★3

 ホイチョイ・プロダクションズ制作の邦画、「バブルへGO! タイムマシンはドラム式」です。日本映画専門チャンネルで放送されたものを録画して観賞しました。

 私にとってホイチョイ・プロダクションズと言えば「私をスキーに連れてって」で、日本全国にスキー・ブームが起こりました。私はリアルタイムでは「私をー」を観ていないのですが、ブームに乗った周囲に誘われる形でスキーを始め、今もずっと続けている(実は3/2〜3/3は北海道に行ってきました)ことを考えると、結果的には「人生に影響を与えた」作品ということになります。いま観るとビックリするくらいに粗削りな映画なのですが、それでも松任谷由美の曲の「サーフ天国、スキー天国」が流れると当時の記憶と相まって燃えてきますねぇ。先日、日本映画専門チャンネルで放送されていたものを録画したので、今度また観てみようと思っています。(追記:この記事のあと、すぐ観てしまいました)

 さてこの作品ですが、あまり期待していなかったので、気合いを入れずに(部屋の明かりを落とさずにw)観始めたのですが、思っていたよりもずっと面白かったです。何といっても広末涼子の元気の良い演技が心地よいです。このときすでに一児の母であるというのは信じがたいです。個人的には、「おくりびと」よりもこちらのほうが彼女に合っている気がしますね。他のメンバーは、1990年版と2007年版の演技が必要なので、メイクで加齢させたりしているわけですが、これがまたB級感満点でイイ感じで、まさに「カッコ悪いのが(むしろ)カッコいい」。

 ストーリー的にはネタを数分ごとに入れてテンションをキープしつつ、いつの間にやら「バブル崩壊の核心」に迫るというもの。テンポの良さと小ネタでたくさんのツッコミどころも吹っ飛ばしてる感じです。ラストの「バブルが崩壊しなかった未来」もイイ!景気が冷え込んでいる今だからこそ、こういうのを観て社会を笑い飛ばすのも一興かと。

 当時の大蔵省による総量規制がバブル崩壊のきっかけ、あるいは加速させる要素となったというのは今や定説ではあるけれど、じゃあアレがなければバブルが崩壊しなかったかというと…などというコトは考えてはいけません。思いっきりアホになって1990年のバブル期を懐かしみ、悪いところには全部目をつぶって「あのころは良かった」と全面的に受け入れる映画ですね。でも、こういうのは好きです。「ALWAYS三丁目の夕日」がベタで当時のほうが良かったと幻想を語っている(ように見える)のと対照的で、ネタと分かってやっているのが分かるのがイカしてます。とにかく、「カッコ良さ」の本質を良く理解している感じがするという点では、さすがといったところでしょうか。この辺は、マルジェラに対して私が持っているイメージとちょっと共通している部分もあるなぁと思ったり。

 

個人的満足度:★★★☆☆

Popularity: 3%