
現在公開中(でも本国公開は2007年)のアメリカ映画、「3時10分、決断のとき」(監督:ジェームズ・マンゴールド)です。新宿ピカデリーのスクリーン6で観賞しました。
いやぁ、シビレました。この観賞後の激しい揺さぶられっぷりは、この手の作品では、「許されざる者」以来かと思います。とにかくラッセル・クロウが格好良すぎます。私には、「明日に向かって撃て!」のポール・ニューマン&ロバート・レッドフォードよりもカッコよく感じました。
これまでの人生で妻にも息子たちにも男らしく偉大な父親像を「背中で示す」ことができなかったダン(クリスチャン・ベール)。それに対し、「欲しいものは何でも手に入れてきた」無法者ベン・ウェイド(ラッセル・クロウ)。この対照的とも言える2人が、護送する側とされる側という立場で長時間同行することになり、やがてベンにもダンの悲痛な気持ちが少しずつ伝わっていく..そんな物語です。
男性にとって、「力でその存在を示す」ことへのこだわりは常にあるもので、中学・高校時代なんて「体育の授業や球技大会で活躍できるかどうか」とか「ケンカが強い(強そう)かどうか」といった要素は、ほんっとうに大きいんですよね。あ、その分野で常に優越感を感じていた側の人には分からないかも知れませんが。そういうルサンチマンを引きずって大人になると、例え他の手段で尊厳を獲得することが出来ても、心のどこかで自信のなさとか敗北感の種火がチョロチョロと残っているものなんだと自己を顧みて思ったりします。ましてや、他の手段での尊厳の獲得もできなかったダン。その膨れ上がったルサンチマンは、やがて彼本人を押しつぶさんばかりになっていたことは想像に難くないのですが、その心境は想像すらできないほどのものであった気がして、私なんかはちょっと胸がつまりそうになりました。ま、この部分の感想は観る人の実存に依存する部分が大きいとは思うのですが。
とまぁ、ストーリーとしては「ありがち」なもの…と思ったらこれ、1957年公開の映画のリメイク作品なんですね。ちょっと納得です。とにかく、出演してる俳優陣の好演っぷりが、この映画の質をものすごく高めている気がしました。ラッセル・クロウの格好良さは「ちょっとオイシすぎるだろ」くらいに思えるほどのものですが、しかし表情だけで強さ・残虐さ・知性・余裕といった各場面での心情が私のようなニブいものにも十分に、しかしわざとらしさなど全く感じさせずに伝わってくるのはさすがすぎます。またベン・ウェイドを奪還しようと執拗にダン達を追う強盗団のリーダー・チャーリーを演じたのはベン・フォスター。この人の作品を観るのは今回が初めてでしたが、いや、ベン以上の冷徹さ・残忍性を持った(しかし知性はあまり感じられない)キャラクターを見事に演じていたように感じました。そしてダンを演じたクリスチャン・ベール。どうしてもダークナイトを思い出してしまう俳優さんなんですが、この作品では「ルサンチマンを抱えた中年」をしっかり演じていたように思います。もちょっと格好悪くても良いかな、という気もしましたが。
とにかく、都内では新宿ピカデリー1館での上映であることがあまりにも残念な傑作でした。上映期間中に、30歳を過ぎたちょっとコンプレックスを持っている(あるいは持っていた記憶のある)男性には是非観ていただいて涙してほしいですね。(^^;
個人的満足度:★★★★★
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マルタン・マルジェラ22の紙ふぶきジャーマン・トレーナーです。アロハラグのセールで超激安(なんと17,500円)でしたので、衝動買いしてしまったものです。(実は関税が3,500円ほどかかってしまったのですが…それでもかなりの安さですね)

セールでの衝動買いって、あまり服に愛着がわかないせいか、「買ったは良いけれど、あまり着用しない」ことが多いという経験は、服好きの方なら誰しも経験があるかと思います。実は私もそうでして、この靴をポチったときにも、「あぁ、やっぱり履かなくなるのかな〜」などと思いつつ、若干の後悔をしたりもしていました。

が、しかし!関税がかかったおかげで受け取りが1週間ほど遅れた(マンションの宅配ボックスには入れられないし、代金が発生する場合は職場への転送もできないとのことで)この靴、受け取ってみたら履きまくりです。奇抜に見えるデザインですが、手持ちの「白地に黒」あるいは「黒地に白」のロンTなんかだと、かなり合わせやすくて使い勝手が良いです。履き心地に関しては、先輩の皆さん方のおっしゃる通りで、最高に良いですし。いやぁ、これは良い買い物をしました。

素材はカーフスキン+ラムスキンだそうで、関税がかかったのはそれが理由のようです。紙ふぶきは、昨年10月の20周年記念パーティで使われたものと同じで、2種類?の形のものが混在しています。その紙吹雪を黒地のジャーマントレーナーに貼り付け、その上からエナメルコーティングをしていて、なんだかチープな高級感(ヘンな表現ですが..)が出ていると感じました。もちろん、タンはゴムで固定されているので、靴ヒモなしで履くことが可能です。私はいまのところ、付属していたヒモは通していません。

とにもかくにも初ジャーマン、私は大変気に入りました。すでに週に3回程度のハードユースが始まっております。「この値段なら、履きつぶしたとき用にもう1足買っておけばよかった…」などとちょっと後悔していたりもします。(^^;
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1989年のアメリカ映画、「バットマン」(監督:ティム・バートン)です。Blu-rayディスクで鑑賞しました。(1月に英ポンドが激安だったときに英Amazonで購入したものですw)
昨年、北米ではタイタニックに迫るほどの大ヒットを記録した「ダークナイト」と前作の「バットマン ビギンズ」。私はどちらも大好きですが、ティム・バートン版は未見でした。実はティム・バートン監督はあまり得意じゃないんですが、この作品は題材がバットマンということもあって、ずっと観てみたかったんです。(といいつつ、入手してから半年以上経過してしまったのですがw)
当初、私の苦手なティム・バートン独特の映像を想像していたのですが、ちょっと違ってました。もちろん、ゴシック調の雰囲気はそこかしこに見られるのですが、「シザーハンズ」や「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」あたりと比べるとずっと普通の映像で、見始めて数分で「こりゃあ、イケるかも」と感じました。そうそう、「ビッグ・フィッシュ」のときもそんな感じがしたっけ…。
最強・最凶・最狂のキャラクター・ジョーカーが主役のバットマンを食っているのは「ダークナイト」と同じ。しかし「ダーク〜」のジョーカーが、「世の中の人々が信じている他者への信頼などいうものは、はなはだ脆弱な根拠に支えられており、つまり社会は底が抜けているのだ」ということを暴くことを目的に行動するという点において、善悪を超えた存在(というよりも、善悪の基準そのものを崩壊させる存在)であるのに対し、こちらのジョーカーは完全なる悪として描かれているように思いました。そしてその「悪の化身」ジョーカーを演じるのがジャック・ニコルソン。もう狂気そのものとしか思えない、むしろ「この人はもしかして地でやっているのか?」と思う瞬間が何回かあるような、そんな身震いするような成りきりっぷり…。いまだに「ジョーカーと言えば、ヒース・レジャーじゃなく、ジャック・ニコルソンでしょう」と言い切る方が多いのもまぁ頷けます。(個人的には、ヒース・レジャーのジョーカーのほうがやっぱり好みですが)
さて、どうしても「ダークナイト」と比較したくなってしまうこの作品ですが、上記のようにコンセプトが異なる作品なので単純には比べられないかなと。ただ、個人的な好みで言えば、ジョーカーの出自がはっきりしている点、ジョーカーが死ぬ「勧善懲悪」型の分かりやすいラスト、哲学かぶれしたウザったいセリフがあまりないところなどは、ティム・バートン版のほうが好きです。
しかし、しかし….。なんだか、「ダークナイト」には得も言われぬハリウッド映画特有の「○○がやってきた!」感というか、お祭り感があるんですよね…。それは、あのハンス・ジマーの音楽によるものなのか、IMAX撮影によるド迫力かつ高精細感あふれる映像によるものなのか、あるいは中盤から終盤にかけてのスピード感あふれる展開によるものなのか..ちょっと判断がつかないのですが(恐らくその全部なのでしょう)、私としては「もう1度劇場で、それもできるだけ大きい劇場で」観たい作品は?と言われたら、迷わず「ダークナイト」なんですよね…。衝撃度や観賞後に自分に影響を与えた度合いで言えば、「ウォッチメン」のほうがこの2作品のいずれよりもずっと上だったりもするのですが、「今、もう1回観たい?」と言われると、これまた迷わず「ダークナイト」だったりしますし。
とまぁ、半分以上がダークナイトとの比較になってしまいましたが、この映画も大好きです。さて、次は「バットマン・リターンズ」だ!
個人的満足度:★★★★★
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マルタン・マルジェラ⑪の通称「フォトグラファー・バッグ」です。恵比寿店のセールで購入しました。

バッグの内側に表記されたタグによると、1965年にフランスで生産されたもののレプリカであるようです。その名の通り、写真家の方が取材時にカメラやレンズや三脚といった機器を収める目的での使用を想定して作られたもののようです。今期、マルジェラからは2タイプがリリースされていて、このような↓

肩掛け型のメッセンジャーバッグのような形のものと、私が購入したボストンバッグ型のものがありました。私は普段、「手ぶら族」なので(ヘッドホンとiPodと文庫本くらい)普段使い用のバッグはほとんど不要であること、ちょうど旅行用のバッグがボロボロになりすぎていたので新しいのが欲しいなと少し前から物色していたことから、購入にいたりました。しかし40%OFFでもかなり高額だったので、それでも2週間くらい迷いましたが….。(^^;

ご覧の通り、他のマルジェラの革製品と同様に丁寧なユーズド加工がされていて、一見すると10年も使い込んだような風合いになっています。この辺は評価の分かれるところらしく、このバッグを見た友人は「なんでこんな使い込んだものをわざわざ…」と言っていました。orz
このバッグの特徴(というかホレたところ)は、そのカタチです。一見して違和感を感じる、異様なほどの底面積と高さのアンバランスさ。もちろん、カメラの全高に合わせての設計なのですが、誰がどう見てもヘンです。

また、内張は真っ赤な起毛された生地を使用しています。これも、高価なカメラやレンズをキズ等から守るための目的があってのものと思われますが、私としてはファスナーを開けたときのインパクトにシビレてしまいました。
さらに底面にはマジックテープで位置を調節することが可能な(そして使わないときには寝かせておける)間仕切り板と取り付け用のテープ生地も装備されています。まぁ、私がこの機能を使うことはなさそうですが…。(^^;

来週の火・水には里帰りということで香川に行くことになっているので、讃岐うどんツアーと併せてこのバッグを使うことが楽しみです。これからもこのバッグでバンバン各地を旅行してみたいものです。
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2007年の邦画、「休暇」(監督:門井肇)です。DVDを借りて観賞しました。
「死刑囚と刑務官」に着目した映画だと知って、いてもたってもいられず、WOWOWやCSの放送を待つこともなく借りてきてしまいました。私が死刑廃止論者なのは、何度かこのブログでも触れていますが、その理由は要約すれば、
- 死刑制度は犯罪抑止効果を持たないこと。(国連の犯罪統計による)
- 冤罪の可能性を排除できないこと。(司法の正統性の保守の点から)
- 死刑制度を継続することは、(本来ならば廃止することによって、社会の包摂力が必要とされ、それによって社会が豊かなものに成熟していくという)社会の成熟機会を奪うものであるから。
の3点に集約されます。まぁ、詳細は書き始めると長くなるのでやめておきますが、まぁ基本的にはこんなところです。
そんなわけで、「死刑制度」そのものに強い興味と反対意見を持っている私なのですが、この映画は死刑制度そのもに対する明確な意思表明のようなものはありませんでした。しかし、映画全体から「死刑という現場に携わる人間の、凄まじいまでの葛藤」が伝わってきて、死刑制度の矛盾点を感情的な側面からあぶり出しているように思えました。(もちろん、自分が死刑廃止論者であるがゆえのバイアスがかかった見方であることは否定できないのですが)
とにかく「知らなかったことだらけ」で、死刑制度に賛成するにせよ反対するにせよ、そもそも「死刑制度の現実」を自分は知らなさすぎたことを痛感しました。死刑の執行は、通常の刑務所の刑務官が実行すること、刑務官は何十年も勤める中、数年〜10年に1回程度の頻度で実行役がまわってくること、実行役にもいろいろとあり、その中で最もつらいのが「支え役」であること、「支え役」とは死刑執行時に首つり状態にする際、確実に死ぬまでの間、死刑囚を抱きかかる役割であること…。
そして、これも当然予想されうることであるにも関わらず、あまり考えたことのなかった事実、「死刑執行に携わった刑務官は、強い心的ストレスを受ける」ということ。長期間に渡って拘置所(死刑囚は、「懲役○年」という刑を受けるのではなく、単に死刑執行を待つ身なので、刑務所には入らない)で顔を合わせてきた、そしてその間、死刑囚の心境が変化していく(恐らく多くの場合、更生していく)のを見守り続けてきた刑務官が、その彼を実際に「殺す」ことを実行しなくてはならない辛さは、想像を絶するものがあります。それゆえ、執行に携わった刑務官には1日の休暇が、支え役を勤めた者には1週間の休暇が与えられるという…。
死刑という制度を、「国家や社会の側から合理性に照らし合わせながら見る」のでも、「被害者の側から感情の回復に重きを置きながら見る」のでも、「当事者以外の第3者の目線から、カタルシスを得る人々という観点で見る」のでもなく、「食うための仕事として勤めている、刑務官の側から見る」という経験は、自分にとっては驚きと発見の連続で、いろいろな考えが脳裏をよぎりました。特に、新婚旅行に行くための「休暇」を得るために、主人公が支え役を買って出るシーンと、その後の仲間の刑務官のやりとりにはハッとさせられるものがあり、「結局我々は、国民がカタルシスを得る(=メシウマ状態になる)ために、この人たちに全てをかぶせているんだ」と思えてたまらなくなってしまいました。
死刑という制度に賛成の人も反対の人も、また興味のない人にも、是非とも観て欲しい1本です。
個人的満足度:★★★★☆
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現在公開中のイギリス・アメリカ合作映画、「縞模様のパジャマの少年」(監督:マーク・ハーマン)です。恵比寿ガーデンシネマで観賞しました。
この映画の記事にはちょっと前置きが必要かと思います。私は「個人的満足度」ということで1つ★〜5つ★でレイティングを行っています。これは文字通り「どこそこでその映画を観る」という行為全体についての満足の度合いであって、作品の出来について評価しているわけではありません。そんなわけで、映画館で観た作品のほうが、Blu-rayやDVDで観た作品よりもちょっとだけ★が多くなる傾向にあったりはすると自覚していますし、明らかにテーマ性のないアホなエンタテインメント映画であっても、「満足しちゃったものはしょうがない」ということで5つ★をつけることもあったりしました。しかし、まさか「映画館で観たほうが満足度が低くなる」なんてことがあるとは思っていなかったのですが…。
さて、予告編から「これは観たい」と思っていた作品でした。ホロコーストを描いた作品であることは予告編でも分かります。果たして「極限状態の中で生まれた友情」を描いているのか、それとも「悲劇」を描いているのか…..どちらなんだろう? でも安易な友情モノでなければ良いな、などと思いながら映画館に向かいました。
前半は、収容所所長の8歳の息子ブルーノと収容所に捕らわれた「縞模様のパジャマ」を着た同じく8歳の少年、シュムエルとの出会いと友情を形成するまでが描かれるのですが、ここでの2人の演技や表情はすごくて、特にシュムエル役の子の表情は激しく胸を打つものがありましたね。もう、見ていて痛々しかったです。そして、「ユダヤ人が父や家庭教師の言うような存在ではありえない」ことには気づきながらも、しかしバリケードの中の収容所がひどい強制労働や虐殺が行われているところであることには気づかないブルーノ。「こんなアンバランスな『学び』があるんだろうか?」などと疑問を持ってしまいましたが、この設定が後に重要な意味を持つことを知るに至り、「そ、そうだったのか…」とうならされることになります。
そして衝撃のラスト。私にとってそれは、ストーリーとしては予想していたものでしたし(※)、描写もそれほど激しいものとは思えませんでした。少なくとも、2人が兵士に暴行を受けるシーンとか、ガス室で泣き叫ぶブルーノの映像は欲しかった気がします。が、しかし私としては、実は別の部分でショックを受けた場面でした。それは私が、ラストに向かうにつれて心のどこかで「ブルーノがシュムエルと一緒に殺されるといい」と思ってしまっているという、認めがたい感情を持ってしまっていたことです。それはつまり、「あの父親に、自分が間違っていたことを思い知らせたい」という思いであり、そのために彼が最もショックを受け、最も己の行動を後悔する事件の発生を臨んでいる自分がいたのでした。もう、情けないやら自分が恐ろしいやらで、ちょっと混乱してしまいました…。
とまぁ、多くの方とはちょっと違った形でのショックを受けたラストで、映画として悪くはなかったと思うのですが…満足度は3つ★です。実は映画館で隣に座った女性2人組があまりにも非常識で、もう全然映画に集中できず….参りました。ブルーノが「みんなパジャマを来てるよ」と言うシーンや、姉の部屋がナチス1色になっていくシーン、そしてガス室に連れて行かれるシーンでも、2人の「ぶっ」と吹き出す笑いが聞こえてきて、「いくらなんでもこのシーンで笑えるのは、人としてどうなんだろう?」と感じてしまって…。しかも1場面終わるたびにずーっと話をしているしで、もう本当にガッカリでした。例えばこれが、隣に泣きっぱなしの方がいて、嗚咽が少々うるさくたって、それはさほどは気にならなかったと思います。あるいはもっとアホ映画だったら、「○○、カッコイイねー」なんて声が聞こえたって我慢できます。でも、この映画で笑いっぱなしというのはどうにも….あぁ、恵比寿ガーデンシネマも1,000円の日はこんなものなのね、今度からはサービスデーはサイドのシートに座ろう、と決心したのでした。orz
個人的満足度:★★★☆☆(普通なら4つまたは5つだったと思われます)
(※)実は、もう1つ予想していたラストがあって、それは2人が洋服とともに一時的に立場も交換する遊びをするというもので、その結果ブルーノがガス室で死んだ後、いつもの場所にはブルーノの洋服を着たシュムエルが1人残っていて、それを父親が発見するところで映画が終わる、というものでした。我ながら恐ろしいことを考えてしまったものです…。
Popularity: 7%

1992年のアメリカ映画、「レザボア・ドッグス」です。DVDをレンタルして鑑賞しました。
開始直後から、「あぁ、確かにタランティーノ作品だ」と感じられて、ちょっと嬉しくなりました。まぁ、実際にはこれが初監督作品で、私が過去に観た「パルプ・フィクション」だとか「キル・ビル」だとかは、その後の作品ってことになるわけなんですが、私にとってはタランティーノ3作目ということでして。時系列がちょこちょこ入れ替わる構成、その度に挿入されるサブタイトル?、イケてる音楽、そして作品全体に流れる「軽い感じ」と「なんでもアリ感」….。この監督は、1作目から才能をバリバリ周囲に見せつけ、ある意味で孤高の存在ですらあったんだ、ということがこの作品でよく分かりました。
冒頭、レストランでマドンナの「ライク・ア・ヴァージン」の解釈について議論する描写からして、もうたまりません。まさに「レザボア・ドッグス(掃き溜めの犬たち)」。謎が徐々に解き明かされて、ラストで全体像が分かるんだろうなーと思ったら、中盤あたりで全部明かされちゃうし、この「ちょっとだけ予想を外される」イベントの連続が、彼の作品の真骨頂なのでしょうか。
以前に「笑い」のメカニズムについて、「ちょっとだけ予想外のことをやる、その外し加減が笑いのポイントなんだ」という話を聞いた事がありますが、この監督は笑いではないけれど、観客を引きつける手段として、「ちょっとだけ外す」ことを上手く使い、さらには観客が覚えているであろう「ちょっと前の記憶」を利用するという、まぁ映画に限った話ではなく、ドラマツルギーの基本とも言える部分について、そのさじ加減が天才的に上手いじゃないか、と思いました。
さて、次は「ジャッキー・ブラウン」かな、それとも「デス・プルーフ in グラインドハウス」かな…。
個人的満足度:★★★★☆
Popularity: 6%

現在公開中の邦画、サマーウォーズ(監督:細田守)です。新宿のバルト9シアター9で観賞しました。
「時をかける少女」の細田守監督の作品であると、予告編で知って「これは行かねば」と以前から思っていたという、私としては珍しい(普段は、「今週末は何見るべかな」という感じで検索して決める感じなので)作品です。期待が大きい映画は、えてしてガッカリさせられることが多いのですが、この作品は違いました。ええ、大変よく出来た(バランスのとれた)傑作だと思います。
現代〜近未来のことを描いているのに、何か懐かしい感じのする映画でした。高度に完成された巨大ネットワーク網・OZを舞台とした戦争(War)の物語ではあるのですが、その舞台とは対照的に、作品では「人と人の絆」「相互扶助という機能の残る社会」「信頼ベースのコミュニティ」といったものの大切さが一貫して描かれます。
作中で亡くなるおばあちゃんの遺言書に書かれた「お腹をすかせてはいけません。1人になってはいけません。」は、この映画の核となる言葉だと思います。「1人にならない」ために人が承認され尊厳を得るべき場として、この映画では2つのステージが描かれています。1つは、「陣内家」に象徴されるリアルなコミュニティ。ちょっと出来の悪い子(警察官の翔太)も、妾の子(侘助)も、受け入れる包摂性を持つ古くから日本を支えてきた存在。しかし現在では崩壊の危機にさらされ、風前の灯と言っても良い状態であるもの。もう1つは、OZという巨大ネットワーク。そこではアバターが実社会と同様に承認され、自身をアバターに投影する多くの者たちに尊厳を与える存在。近い将来(あるいは現在も)、社会で大きな位置を占める存在になるであろうもの。
前者が失われたのは、こと日本においては冷戦終結以降の自民党政治の失敗によるところが大きいことは社会学者・宮台真司の指摘通り(大規模小売店舗立地法や農業を保守せず農協を保守する政策等)かと思いますが、「じゃあそれを復活させるにはどうすれば良いか」と言うとこれは果てしなく難しい。そうなると、後者で尊厳を得る者が多くなるのは当然の帰結なのですが、しかしそれではこの映画において「お腹をすかせてはいけません」という言葉に象徴されている、「とにかく食っていく」という条件を満たすことが(親の世代の貯金を食いつぶせるうちはいいが、その先は)難しくなる。結局、おばあちゃんの言葉は、「尊厳を得る機会としてインターネットを使うのは良いことだし、仕方ない。しかし、尊厳を得ることと同じくらい、いやそれ以上に大切なのは、お腹をすかせないことだよ」という、この映画全編に突き刺さるメッセージのように思いました。
しかし、おそらくこの映画を観る年齢層のうち最も分厚い層であろう、10代〜20代前半の方々にどう響くのか、あるいはこの映画全体に流れる一貫した文脈を汲み取ることが出来るのかには、非常に興味があります。ちょうど「バーダー・マインホフ」で、全共闘世代が持っているであろう世代的記憶を持たない自分が、どうしてもその当時の空気・雰囲気を彼らと同じレベルで「感じる」ことができないのと同じ現象が起こっているとすれば、それはやや社会が危機的な状況に陥っている証拠である気がします。この映画の存在意義の1つに、包摂性を持っていた社会の記憶が残っているうちにそれを喚起し、次の世代に伝え、復興に向けての動力源とするという機能を持っていることが挙げられる……….、というのはちょっと評価しすぎか。(^^;
個人的満足度:★★★★★(上記のようなことなど考えず、単純なエンタメ作品としてみても秀逸な作品かと思います)
Popularity: 40%

現在公開中のチェコ映画、屋根裏のポムネンカ(監督:イジー・バルタ)です。渋谷ユーロスペースで鑑賞しました。
存在すら知らなかった映画だったのですが、友人にその存在を聞き、ちょこっと予告編を観て「これは面白いかも」と思って行くことにした次第です。
この作品、「パペット・アニメーション」なるものだそうで、ティム・バートンの「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」(スミマセン、苦手です…)なんかもその一種なんだとか。
いやぁ、驚きました。映像のパワーのすごさに。洪水のシーンの迫力、屋根裏にありそうなガラクタだけで作られた愉快なキャラクターたちの表情、CGなら簡単に処理できそうな表現も、信じられないような工夫と地道な作業の連続で、ものすごく豊かに作られています。「誰もが想像力を刺激されるアニメーション」と評価されているそうなんですが、その手の才能のかけらもない私ですら、「豊かさ」と「本物の迫力」を感じさせられるんですから、クリエイターの方なんかは感涙モノなのではないでしょうか。
ストーリーはまぁよくある感じのもので、ラストもちゃんと「めでたしめでたし」な感じです。悪者は悪者らしい面構えと容姿を持ち、主人公側は可愛らしくコミカルな表情を与えられています。なんだか懐かしいような設定に、思わず笑みがこみ上げてきました。9.11以降の「誰が悪者かなんて分からない」映画ばかり観ていると、こういう映画がなんだか平和で微笑ましく、「あぁ、物事が単純だった時代は良かったんだろうなぁ」などと、ノーカントリーのあの保安官みたいなことを感じてしまいますねぇ。
個人的満足度:★★★★☆
Popularity: unranked

現在公開中のドイツ映画、「バーダー・マインホフ 理想の果てに」(監督:ウリ・エデル)です。渋谷シネマライズで観賞しました。
「バーダー・マインホフって何?人の名前?」という状態で観賞したのですが、なるほどドイツ赤軍のことだったんですね…。私にとっては知らないことばかりで、映画を楽しむというよりは、むしろ歴史の勉強になった、という感じでもありました。これは映画館で観ないとツライ(長いし、途中で飽きるかも)作品かも知れません。それだけに、「観ておいて良かった」と思える作品でもありました。
1970年生まれの自分にとって、60年代〜70年代の「革命の気運」は、想像しがたいものであると同時に、ある種の憧れのような感情を禁じえないものです。「何かデカいことが起こる、世界が変わる、革命は起こる」と本気で信じられた時代…..とよく言われているけれど、それは本当なのだろうか?とときどき思います。その後の「シラケ世代、諦め世代、新人類世代……」あたりばかりを見てきた私としては、どーにも「どうしてそんなものが信じられるのか」いまいちピンと来なかったりするんですよね。この映画でも、その辺については「分かったような分からないような」感じではありました。事件が次から次への起こる、スピード感のある展開なので退屈はしないのですが。まぁ、そもそも人物描写に重点を置いた作品というよりは、「風化しないよう、歴史を確認しておこう」といった趣旨の作品なのかも知れません。
その後、「この作品を、実際に60年代〜70年代を目撃(体験)した人が観ると、どういう感想を抱くんだろう」ということが気になって仕方なくなって、同僚(50代前半)に観てもらって、感想を聞いてみたのですが、「あまり面白くなかった」とのことで、「題材の「重さ」に見合うだけの視点が不鮮明で作品に昇華されるほど十分には確立されていないということが最大の理由ではないかな」というのが彼の分析のようです。実はこれ、聞く前に私のほうで予想していた結果とそれなりに符合するのですが、私のような「60〜70年代未経験世代」には(全員ではないでしょうけれど)、この時代のことは多少浅い表現でもグっとくるところがあります。それは、前述のようなワクワク感ということもありますし、単純な好奇心からでもあります。が、「そんな事実は知ってるし、実際の気分はそういうんじゃないんだ」ということを身をもって知っている方には、こういう映画は「単に年表通りに事件を並べた、ドキュメンタリー映画にもなりきれていない作品」になってしまうではないかと。
この映画では、「アツいだけの単純バカにしか見えない」バーダーと、「インテリではあるが(マクロの目を持つが)、現実を動かす力のない」ウルリケ・マインホフの2人が対照的に描かれています。彼らの力は、「2人合わせて2倍じゃなくて10倍、100倍の力、」とはならず、結局革命は失敗してしまうわけですが、しかしこう見ると「チェ 28歳の革命」に描かれたキューバ革命の成功が、いかに奇跡的でいかにスゴいことだったのか、本当によく分かります。なぜチェやカストロはカリスマたりえたのか、バーダー・マインホフに足りなかったものは何なのか、そして現代の日本にカリスマが現れる可能性があるのか…。正論を吐き続ける幼稚な人物でもダメ、かといって長いものに巻かれる人物はもっとダメ、それら「全体を」大きく包み込むような、そんな人物が、「現代におけるカリスマ」たりえるのだろうなぁ、と、米オバマ大統領に関するこんな記事を読んで、何となく思いました。
個人的満足度:★★★★☆
Popularity: 22%