banner  吉川マサルと申します。Webサイト算数にチャレンジ!!を1996年から続けています。東京・恵比寿で小さな塾ARENAを運営しています。当ブログには主に洋服・映画等について書く予定。More...
10月
28th

告発

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★5

murder01

もうとにかく、身震いするようなシーンの連続でシビレ倒しました。冒頭から中盤までの虐待シーンの凄まじさ、裁判における頭脳戦の面白さと緊張感、その後に訪れる大きなカタルシスと哀しみ…。2時間、一瞬たりとも目をそらせない映画なんて、久しぶりに観た気がします。
これまで、アルカトラズ島の映画と言えば「ザ・ロックhttp://www.sansu.org/WP/?p=67」だと思っていましたが、完全に考えが変わってしまいましたね。もちろん、「ザ・ロック」も大好きなのですが、この作品のインパクトにはちょっと敵いそうにありません。
地下牢に3年間も収監され、さらにはその間に「(自殺も含め)死ななかったことが不思議でならないほどの」虐待を受け続け、ようやく開放されたその日に「自分をハメた男」を半ば放心状態で殺害してしまうヘンリー。皮肉なことに、殺人事件を犯すことによって、(裁判のために)ヘンリーはようやく生き地獄から解放されることになり、そしてやがては彼の弁護士ジェームズによって、長年に渡って行われてきたアルカトラズ刑務所での残虐行為の告発につながっていく…。
しかし、この映画を観て改めて感じるのは、「悪意を持った悪」なんかよりも「組織防衛のために行われる悪」のほうがずっと大きなことがやれてしまうものだ、ということです。とにかく、罪の意識を感じることなく「自分は(組織防衛という)正義のためにやっているんだ」と胸を張れてしまうところが厄介です。取り調べの可視化に徹底的に反対している検察(さて何故でしょう?w)とか、政権交替したら「どこに陳情すれば?」状態になっている農協とか、あるいは合格点に達していた生徒を見た目で不合格にしていた神奈川県立神田高校の校長とか。個人の欲望ならばできなかったであろう「とんでもないこと」をやれてしまうのだから、組織防衛心理とは恐ろしいものです。かくいう私も小さな組織を運営しているわけですが、そういう事態にならぬよう、絶えず自己チェックせねばと思ったりしています。
それにしてもケヴィン・ベーコン。「狼の死刑宣告」を観たあとだと、ヘンリー役をやってるのが彼だとはしばらく気付きませんでした。まぁ、私の「外国人の顔判定能力の低さ」は最近になって痛感しているところなのですが。(NBA選手はほとんど外さずに顔と名前が一致するのですが、アレは顔判定じゃなくて動き判定しているからと思われます)長年の虐待から解放されたばかりの脅えきったヘンリーを演じる表情からは、「狼の〜」のポスターに描かれた主人公と同一人物とは思えなくて…。いや、本当にシビレる演技でした。
しかし、「オールド・ボーイhttp://www.sansu.org/WP/?p=1404」しかり、「モンテ・クリスト伯」しかり、「ショーシャンクの空にhttp://www.sansu.org/WP/?p=480」しかり、どうも私は「不当に捕らわれた者の物語」に惹かれる傾向にあるようです。まぁ、その後に大きなカタルシス(=ざまぁみろ感)を得られることが予見されるってこともあるんでしょうけれど、やはり「極限状態になったとき、人間はどうなるのか」に興味を持ってしまうんでしょうね。思えば人は古来から、断食修業をしてみたり、何十キロも走ってみたり、水中で極限まで息を止めてみたりと、肉体を極限に追い込むことをしてきたわけで、「その先に何があるのか」には本能的に興味を抱いてしまうのかも知れません。そう考えると、人間には「ドM」な人たちが古来からいたということになりますし、それに興味を持ってしまう私もそのケがあるのかも知れません。(^^;

1995年のアメリカ映画、「告発」(監督:マーク・ロッコ)です。DVDを借りて観賞しました。

もうとにかく、身震いするようなシーンの連続でシビレ倒しました。冒頭から中盤までの虐待シーンの凄まじさ、裁判における頭脳戦の面白さと緊張感、その後に訪れる大きなカタルシスと哀しみ…。2時間、一瞬たりとも目をそらせない映画なんて、久しぶりに観た気がします。

これまで、アルカトラズ島の映画と言えば「ザ・ロック」だと思っていましたが、完全に考えが変わってしまいましたね。もちろん、「ザ・ロック」も大好きなのですが、この作品のインパクトにはちょっと敵いそうにありません。

地下牢に3年間も収監され、さらにはその間に「(自殺も含め)死ななかったことが不思議でならないほどの」虐待を受け続け、ようやく開放されたその日に「自分をハメた男」を半ば放心状態で殺害してしまうヘンリー。皮肉なことに、殺人事件を犯すことによって、(裁判のために)ヘンリーはようやく生き地獄から解放されることになり、そしてやがては彼の弁護士ジェームズによって、長年に渡って行われてきたアルカトラズ刑務所での残虐行為の告発につながっていく…。

しかし、この映画を観て改めて感じるのは、「悪意を持った悪」なんかよりも「組織防衛のために行われる悪」のほうがずっと大きなことがやれてしまうものだ、ということです。とにかく、罪の意識を感じることなく「自分は(組織防衛という)正義のためにやっているんだ」と胸を張れてしまうところが厄介です。取り調べの可視化に徹底的に反対している検察(さて何故でしょう?w)とか、記者クラブメディアとか、政権交替したら「どこに陳情すれば?」状態になっている農協とか、あるいは合格点に達していた生徒を見た目で不合格にしていた神奈川県立神田高校の校長(まぁ、他の生徒のためというのは感情としては分かりますが、それならば入試制度を面接最重視の得点配分に改正すれば良いだけ)とか。個人の欲望ならばできなかったであろう「とんでもないこと」をやれてしまうのだから、組織防衛心理とは恐ろしいものです。かくいう私も小さな組織を運営しているわけですが、そういう事態にならぬよう、絶えず自己チェックせねばと思ったりしています。

それにしてもケヴィン・ベーコン。「狼の死刑宣告」を観たあとだと、ヘンリー役をやってるのが彼だとはしばらく気付きませんでした。まぁ、私の「外国人の顔判定能力の低さ」は最近になって痛感しているところなのですが。(NBA選手はほとんど外さずに顔と名前が一致するのですが、アレは顔判定じゃなくて動き判定しているからと思われます)長年の虐待から解放されたばかりの脅えきったヘンリーを演じる表情からは、「狼の〜」のポスターに描かれた主人公と同一人物とは思えなくて…。いや、本当にシビレる演技でした。

しかし、「オールド・ボーイ」しかり、「モンテ・クリスト伯」しかり、「ショーシャンクの空に」しかり、どうも私は「不当に長期間捕らわれた者の物語」に惹かれる傾向にあるようです。まぁ、その後に大きなカタルシス(=ざまぁみろ感)を得られることが予見されるってこともあるんでしょうけれど、やはり「極限状態になったとき、人間はどうなるのか」に興味を持ってしまうんでしょうね。思えば人は古来から、断食修業をしてみたり、何十キロも走ってみたり、水中で極限まで息を止めてみたりと、肉体を極限に追い込むことをしてきたわけで、「その先に何があるのか」には本能的に興味を抱いてしまうのかも知れません。そう考えると、人間には「ドM」な人たちが古来からいたということになりますし、それに興味を持ってしまう私もそのケがあるのかも知れません。(^^;

個人的満足度:★★★★★

Popularity: 1%


10月
22nd

狼の死刑宣告

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★4

ookami

現在公開中(でもアメリカでは2007年公開らしい)のアメリカ映画、「狼の死刑宣告」(監督:ジェームズ・ワン)です。渋谷のシアターNで観賞しました。

今回、シアターNという映画館に初めて行ったのですが、なんと1Fがアニメイトで2Fが映画館なんですね。ウチの生徒とバッタリ会ったりしないか、今後心配です…。(^^;

さて作品ですが…これはバッチリ楽しめました。「陪審制の問題点」「犯罪被害者の感情の浄化の方法論」といった、私が日ごろから興味がある問題を扱ってはいて、社会派映画の一面を持っていると言えなくもないのですが、これは「2時間ドキドキしながら観て、ケヴィン・ベーコン演じるオヤジの格好良さにシビレる」のが正しい楽しみ方かと思います。日本版ポスターに書かれたキャッチコピーもスゴすぎるものですし。(^^;

とまぁ、この映画の「正しい楽しみ方」はそれなりに理解しつつも、途中まではちょっと複雑な気持ちで観ていました。この映画では、街のワルたちに息子を殺された父親が、彼らが極刑に処される可能性が低いと知って、自らの手で「死刑執行」することを選択します。私にとって最も興味深かったのは、実はこのシーンでした。

そもそも親族による復讐が認められていた未開社会は、やがてそれを禁止して統治権力が替わって罰するようになります。それに伴って、被害者家族の「感情の浄化」は確実にその達成度合が低下してゆく。さらにその量刑が、他の同様の犯罪を犯した者と比較して(ここは重要な気がしました)明らかに軽い場合、やはり納得は到底しがたいものがある..。「被害者家族の感情の浄化」という点において、「刑罰は量刑の絶対的重さではなく相対的重さでその機能が決まってくるんだなぁ。であるなら、やはり被害者を救済する手段として、刑罰以外の何かを構築する必要性というか義務が社会にはあるのだろう」….などと、おそらくシアターNで観ていた人たちの中で唯一、そんなアホなことを考えていました。

その後の展開はもう「予想通り、思った通り」で、まるで水戸黄門を観ているようでしたが、とにかくスカっと楽しめましたし、格好良さにシビレることもできました。たぶん、少なくとも男性なら誰でも楽しめる佳作ではないかな、と思います。

個人的満足度:★★★★☆

Popularity: 7%


10月
16th

父親たちの星条旗

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★5

flagsfathers1

2006年のアメリカ映画、「父親たちの星条旗」です。Blu-ray版を購入して観賞しました。(「硫黄島からの手紙」は1年くらい前に観賞しました。記事は書きわすれ…)

あまりにすごい映画だったのと、いくつか分からないところがあったのとで、2晩続けて観てしまいました。2回目でようやく、主要な3人以外の登場人物について、そのキャラクターや前後関係が分かってきたように思います。もちろん、そんな細かいところが分からなくても十分に感動できる作品なのですが。

戦争国債を買ってもらうための欺瞞に満ちあふれたアメリカ政府の広告活動と、それに利用される形になった、作られた「英雄」たち。彼らの運命とそれに起因する葛藤の日々、そしてその運命に対する三者三様の受け止め方。クリント・イーストウッドの「社会なんてこんなもの、アメリカという国は、こういう欺瞞の上に成り立っている国なんだ」という思いと皮肉が特に後半にひしひしと伝わってきました。

イーストウッドはこの作品で、社会の欺瞞や歪みを訴えると同時に、それをアイロニカルに表現するだけではなく、「それでも生きていかなければならないのが人間。そのことを知った上で、あえてシステムに乗るしかない。しかし、その哀しみを忘れてはいけない。」と訴えているように思います。欺瞞に真っ向から対峙し疲れていったアイラ、うまく乗ったがその哀しみを忘れていったレイニー、常に過去を噛みしめながらその時々でやるべきことを全うしたドク。3人の人生の末路が、イーストウッドの考える「社会に属さざるをえない人間の、あえて選択すべき、するしかない姿」を表しているように思えました。

最後にBlu-ray版ですので画質・音質について。画質は..ちょっとノッペリとした感じの、Blu-ray版としてはちょっと物足りない感じのものでした。(と思ったら、VC-1なんですね)音もそれほど迫力を感じず、ちょっと残念な感じ。作品内容が良いだけに、もうちょっと頑張って欲しかったです。

個人的満足度:★★★★★

Popularity: unranked


10月
15th

プリュスのジャケット

投稿者: マサル | Files under Fashion, ギャルソン

garson01

garson02

コム・デ・ギャルソン・オム・プリュスの今期(2009AW)のジャケットです。サイズはSです。

今期のギャルソンが素材/デザイン切り替えやパッチワーク処理といった、自分の好きな手法を用いた服を多く発表していたことは春頃に観たパリコレの画像で知っていましたが、かといってシーズン立ち上がりと同時に南青山に行くほどの情熱はなく、スルー濃厚体勢だったのですが…。ふとしたきっかけ(映画の待ち合わせに友人が遅れてくるという…)で入ったシブヤ西武でこのジャケットを見て一目惚れ、衝動買いしてしまいました。

garson03

ご覧の通り、後身頃だけを見ると普通のサラリーマンが着ていそうなジャケットなのですが、前身頃にはツイード生地のジャケットの前身頃部分が大胆に貼付けられています。ボタンやボタンホールは4つあるように見えますが実は下から2つ目のボタンホールはフェイクになっていたり、前身頃のツイード部分のポケット類はすべてフェイクで実際には使用できなくなっています。これは、「飽くまでもメインは下地になっているウールのジャケットで、ツイードのほうは騙し絵的な存在」と見なしているからかと思われます。

しかしまぁ、こういう誰でも思いつきそうなアイデアを、しかしちゃんと着用できるレベルの服に落とし込んで行く技術の高さは、さすがはギャルソンといったところでしょうか。

ちなみに今期はこのアイデアで作られたジャケットが大量に商品化されているようで、2009AWのコレクションラインの写真を見ると、私が購入したジャケットがいかに「攻めてない、普通のジャケットなのか」がよく分かります。(^^;

とにかく意外に合わせやすい感じなので、この秋〜冬にかけて重宝しそうなアイテムです。完全な衝動買いでしたが、今のところはまーったく後悔していません。もう、バリバリ着まくってやろうと思っています。

Popularity: 5%


10月
8th

私の中のあなた

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★4

my-sisters-keeper

10月公開のアメリカ映画、「私の中のあなた」(監督:ニック・カサヴェテス)です。初めて試写会で映画を観賞しました。

私はずっと、知人女性のお嬢さんで、小児ガンで亡くなった方ことを思い出して、かなり沈んだ気持ちにさせられつつ映画の終盤を迎えることになりました。そういう点では、かなりしんどい2時間でした。

(以下、ネタバレあります)

この作品、かなり泣ける映画だと思います。「泣き装置」としては超一級と言っても良いかと思います。実際、エンドロール中はすすり泣きの声が試写会場からかなり聞こえていました。哀しい映画で泣くことの滅多にない私も、途中2回くらいうるっときそうになりましたし、泣き上戸の方ならもう、それこそ涙が止まらなくなるかも知れません。しかも、観終わった後にはいわゆる映画的カタルシスも得られます。なんだか、ちょっと幸せな気分になれたりもするんです。(実は私はそこが気に入らないのですが…。)

「姉に生体移植を行うために生まれてきた妹」という設定は、どれほど現実味のあるものかは分からないけれど、それでもなかなかリアリティを感じます。また全ての登場人物が苦しみを抱えており、感情移入できてしまいます。白血病(と家族への愛情)に苦しむケイト、ケイトを救わんと必死に手を尽くす母親のサラ、ケイトのために移植手術を何度も受けてきた妹のアナ、サラとケイト双方の気持ちがわかるが故に苦しむ父親。

私も塾講師という仕事を通じて、いろいろな子どもと接してきました。その中には障害を持った子も(なんとか塾に通える程度の軽度のものではありますが)いました。そういった子どもたちのお母さんともお話をしてきましたが、彼女たちの抱える苦悩はこの映画のサラのそれと同種のものであると感じます。

「全快する」というベスト・アンサーのない状況の中での最適解探し。私が会ってきた障害を抱えた子どものお母さんたちも、ときには過保護に、ときには過干渉に、ときには過放任になりながら、危ういバランスの綱渡りを苦しみながらこなしていたように思います。もちろん、母親が「この子のために」と必死になり、ときに盲目的にすらなるのは仕方がない….というよりも当然のことです。それゆえ、「客観的・俯瞰的な目と冷静な判断を下す分析者」の機能を誰かが代わりにこなす必要があるわけで、この映画ではそれを父親や妹(!)、兄が結果的に受け持つことになった…ということになります。そういう点では、この映画で描かれた家族は、各自がきちんとロールプレイしてバランスを辛うじて保った(ゆえに感動的なラストにつながった)と言えるのでしょうね。

そういうわけで、何らかの問題を抱えた子どものいる家族像の描き方としては、「紆余曲折はあったけれど、それを家族の相互扶助で乗り切った好例」ということでこの作品には(「泣き装置として」以外にも)十分に意味があると思います。また、「尊厳死のあり方と家族の振る舞いのあり方」、「死の自己決定権」についても(やや演出過多な感もありますが)考えさせる出来になっていると感じました。が、それでも私としては、「もっと大きな機能を果たせたのに」という残念に思う部分があります。

それは主に、移植医療の問題点についてです。せっかく「生体移植のために生まれてきた妹」というかなりショッキングな設定を用意しているのに、生体移植の問題点を十分に訴えられていないことは残念です。(実際、〜のために生まれてきた、という設定が物語にあまり活かせていない気がします)日本では7月に臓器移植法が開成されて、脳死移植へのハードルが大幅に下げられました。が、その前にあまり語られていない事実として、これまで日本では生体移植が(他の先進国と比較して)異様に多かった、ということがあります。これは脳死移植が主にドナー不足が原因でなかなか実施できないという理由もさることながら、欧米では儲けられている生体移植への高いハードルが日本では事実上ゼロ、まさに無法地帯化していたということがあげられます。(噂レベルですが、生体移植のためにホームレスを同居させて、「同居者」として臓器を提供させるなんてことも実際にあるとかないとか…)また、生体移植には実は健康体にメスを入れることになる上、その健康体にも3人に1人程度の割合で後遺症が起こることもあまり知られておらず、少なくとも過去にはその十分な説明がされないケースもあったようです。(第424回のマル激で河野太郎氏がご自身の体験として語られていました)さらには、例えば親族が移植を必要とする病気にかかった場合、適合する臓器を持っていると「断りきれない」重さのプレッシャーが健康体を持つ人を襲うという悲劇もあります。とにかく生体移植には、「その悲劇の重さゆえに脳死移植を考えなければならない」ほどの問題点があるものであることを、もう少し訴える内容になっていれば..などと思ってしまいました。

まぁ、「泣ける映画」としては一級品だと思いますし、誰にでもオススメできる作品ではあります。願わくば、単に「泣けた〜」とか「感動できた!」とかだけじゃなくて、これを観た人の一部に対してでも、移植医療や「もし自分が障害を持つ子の親になったら」といったことも考える機会になれば…などと思います。まぁ、私も第三者的に無責任に考えたり放言したりしているだけなのですが….。

個人的満足度:★★★★☆(生体移植について踏み込んでくれていれば…..!)

Popularity: 27%


10月
7th

あの日、欲望の大地で

投稿者: マサル | Files under Cinema, ★3

burning_plain

現在公開中のアメリカ映画、「あの日、欲望の大地で」(監督:ギジェルモ・アリアガ・ホルダン)です。銀座テアトルシネマで鑑賞しました。

恥ずかしながら全然知らなかったんですが、主役と準主役を演じるシャーリーズ・セロンとキム・ベイシンガーって、アカデミー女優さんなんですねぇ。私、「外国人w」の見分けがあまりつかないほうで、この2人が出ている映画も何本か観ているのにも関わらず、終わってからチラシを見るまで「観たことある人だ」とは全く分かりませんでした。なるほど、そう言われてみれば演技は確かにうまかった気も…。(はい、役者の「演技のうまさ」は、ものすごい鬼気迫る演技とかでない限りよく分からない人です…orz)

そんな状態で観た(どんな映画で誰が出ていて、とかホントに何も知らなかったw)この作品ですが、この1ヶ月くらいの間に映画館で観た作品の中では最も楽しめました。つながってなさそうな複数の話が終盤につながり、「なるほど!」と膝を打つ快感、まぁ映画という媒体ならではのカタルシスはありますね。個人的には、マリアーナの「やっちまった」事件の内容とその後の表情(から想像される心理状態)や行動は、どうも「いくらなんでもそんなワケはないだろう?」と思ってしまい、終盤で一気に作品から気持ちが離れて行ってしまいましたが…。

それはともかく、感じたのは「上手く作りだなぁ」と思わずにはいられないプロット(と脚本)ですねぇ。「よく考えてあるなぁ」とも思います。時系列で描いたら全然面白くなさそう&「んなわけねぇだろ」的な話が(むしろ上記の疑問がより浮かび上がってしまいそう)、話を分解して再構築することによってこんなに面白くスリリングで、かつ哀しみにあふれた話になるとは!特に冒頭にバスの大炎上のシーンを持ってくるあたりは秀逸だと思いますね。

(しかし、今見たら公式サイトでも流されている予告編は、肝心のネタが思いっきりバレちゃってます…。今から観る方は、予告編は決して観ずに映画館に向かわれることをオススメします。)

まぁ、「上手いなぁ」などと分析する余裕があったことからもお分かりの通り、それほど映画自体には入り込んではいなかったのですが。(特にラストが)

しかし、「あの日、欲望の大地で」というエロそうな邦題はどうなんだろう?まぁ、確かに「欲望の大地」での事件がすべての発端ではあるのだけれど…ううむ?

個人的満足度:★★★☆☆

Popularity: 14%


10月
3rd

BOSE Quiet Comfort 15

投稿者: マサル | Files under その他

qc15_01

9月30日に発売になったBOSEのノイズキャンセリングヘッドフォン、Quiet Comfort 15(以下QC15)です。発表当日にBOSEのオンラインストアで注文し、昨日届きました。

ずっと愛用しているQuiet Comfort 2(以下QC2)がちょっとヘタレ気味だったこともあって、すぐに飛びついてしまいました。完全な「衝動買い」なので、届くまでの間「やっちまったー、レビューを見てから買うべきだったorz」となったらどうしよう?などと思っていたのですが、完全な杞憂でした。いやぁ、良い買い物をしました。

他機種との比較や詳細なレビューは、AV Watchの記事に詳しいのでそちらをご覧いただくのが良いと思いますんで、ここでは長年QC2を使い続けてきた私の「感覚的、主観的な」第一印象を記録しておきます。

まず肝心のノイズキャンセリング能力ですが、これはもう「別物」と言えるくらいに向上しています。明らかにQC2よりも向上していますね。「手元にあるQC2と交互に使ってみて..」なんてことをしなくても、違いはすぐに分かるほどで、これはちょっと感動モノです。

次に音質。こちらは私クラスの耳では「聞いてすぐに分かる」ということはなかったのですが(情けない….)、同じ曲をQC2とQC15で聞き比べてみればさすがに分かります。なんか、QC15のほうが「より大きなホールで聞いているような」感覚になりますね。低音質の圧縮音源なんかだとそれほど差はないようですが、ロスレス録音した音源だとその差は大きく感じます。

qc15_02

外観上の違いは、QC15には「Quiet Comfort 15」の表記がカップ部にあること、集音用マイクがカップ外側に(3連の小さな穴)配置されていることくらいで、QC2とはほとんど変わりません。イヤーパッドはQC15のほうがちょっと固めでフィット感が向上しているように感じましたが、これはQC2が長期間(パッドを交換してから1年くらい)使っていてパッドがヘタレているからかも知れません。いずれにせよ、柔らかくて心地よい着用感は健在もしくは向上しています。

国内製品の場合は、(単なるイメージですが)大幅な機能向上があるときにはデザインも刷新され、デザインの変わらない新製品は「マイナーチェンジ版」になることが多いような気がしますが、この辺の質実剛健さはBOSEの社風なんでしょうか。そういえば、卓上型のオーディオプレイヤーなんかもずーっと同じデザインが採用され続けているものが多いようですね。この辺は好感の持てるところかなと思います。

いずれにせよ、QC2にそろそろヘタレがきている方には、買い替えを検討する価値のある一品だと思います。

Popularity: unranked